下書き うつ病勉強会#160 内因性うつ病は減ったのか

精神科医の経験年数が30年以上の者にとって、うつ病の中心概念は「内因性うつ病」である。その典型はメランコリー親和型性格(他者配慮性と几帳面)と状況因(喪失体験)で構成されるものであった。その多くは発病年齢がおよそ40~50代であり、休養と抗うつ薬が見事に奏功する症例が多かった。しかし最近、内因性うつ病に出会わなくなった。

他の精神科医に聞いても同じ感想である。うつ病概念がDSM一Ⅲを境に拡大され、それまでうつ病と診断されなかったものが加わったことで、相対的に典型(メランコリー型)が減ったという側面は否定できないが、それだけではなく絶対数が減ったと思われる。

また、仮に気分変調症と診断されるのであれば、その示すうつ病像は典型的うつ病と異なるのは当然であが、診断基準に照らせばそれは「大うつ病」であって「気分変調症」ではない。

非定型うつ病という概念はWestとDalyが1959年に提唱した概念である。ここでいう「非定型化」はWestとDalyの非定型うつ病ではなく、内因性(あるいはメランコリー型)を定型とした場合の非定型化という広い意味である。

その特徴の第一は病前性格の違いである。市橋が指摘するように「他罰的で、不機嫌、尊大で傷つきやすく、他者配慮が乏しい」。
第二は症状構成の違いである。自己否定的な症状が目立たない(自信欠如、絶望、希死念慮などの症状を示すことが少ない)。そしてパーソナリティー障害の基準を満たさない。

最近、自己愛性パーソナリティー障害のうつ状態が話題にされるが、その境界は必ずしも明瞭ではない。

軽症うつ病の概念は極めて漠然としている。DSM-IVが規定する「軽症」は大うつ病エピソードの軽症であり、あくまでも大うつ病の診断基準を満たすことが前提である。また、ICD-10の「軽症」もうつ病エピソードの診断基準を満たすことが前提である。このようなDSMあるいはICDでいう「軽症」とは異なる「軽症うつ病」が最近、しばしば登場する。この概念はしばしば精神科以外の診療科で用いられることが多い。

軽症うつ病は明確に定義されないことの方が多く、その中身はバラバラである。人によっては仮面うつ病のような病像をいい、また人によってはDSMのminor depressionや閾値下うつ病(これも定義があるわけではない)をいう。あるいは人によっては適応障害を含め、場合によっては気分変調症が含まれることもある。これらバラバラに使われる理由は、その疾患概念、診断基準が確立されていないこと、しばしばこのようなケースは一般科医を受診しており、便宜的に「軽症うつ」「軽症うつ病」と漠然と使われていることによると思われる。

軽症うつ病あるいは閾値下うつ病はうつ病予備軍と考えてよいのか、これらを対象に早期治療、特に薬物療法を行えば、うつ病への進展を阻止できるかは明らかではない。適切投与なのか過剰投与なのか。内因性の確証があれば当然SSRIやSNRIなどを投与するが、どの範囲まで、内因性うつ病の確証があると考えてよいのか、はっきりしない。bipolarityは生物学的疾患の可能性を示すものであり、抗うつ薬の投与が適切と思われるが、bipolarityについても、いまのところ確証が得られているわけではない。