下書き うつ病勉強会#111 非定型うつ病

非定型うつ病について言及したので少しまとめる。

・DSM-5では、まずうつ病の診断をした後で、その中で、特に非定型うつ病であると考える。
・最近の別の考えは、非定型うつ病の診断基準はDSM-5でいいが、非定型うつ病は本当は双極性障害であるとするもの。
・また非定型うつ病の一部は性格障害として分類すべきだとの考えもある。

・まずDSM-5のうつ病と持続性抑うつ障害(気分変調症)の診断基準を復習しておく。
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うつ病(大うつ病性障害)の診断基準(DSM-5)
以下のA~Cをすべて満たす必要がある。

A: 以下の症状のうち5つ (またはそれ以上) が同一の2週間に存在し、病前の機能からの変化を起している; これらの症状のうち少なくとも1つは、1 抑うつ気分または 2 興味または喜びの喪失である。 注: 明らかに身体疾患による症状は含まない。

1. その人自身の明言 (例えば、悲しみまたは、空虚感を感じる) か、他者の観察 (例えば、涙を流しているように見える) によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。注: 小児や青年ではいらいらした気分もありうる。

2. ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退 (その人の言明、または観察によって示される)。

3. 食事療法中ではない著しい体重減少、あるいは体重増加 (例えば、1ヶ月に5%以上の体重変化)、またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加。 (注: 小児の場合、期待される体重増加が見られないことも考慮せよ)

4. ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。

5. ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止 (ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではなく、他者によって観察可能なもの)。

6. ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。

7. 無価値観、または過剰あるいは不適切な罪責感 (妄想的であることもある) がほとんど毎日存在(単に自分をとがめる気持ちや、病気になったことに対する罪の意識ではない)。

8. 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日存在 (その人自身の言明、あるいは他者による観察による)。

9. 死についての反復思考 (死の恐怖だけではない)、特別な計画はない反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画。

B: 症状は臨床的に著しい苦痛または社会的・職業的・他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

C: エピソードが物質や他の医学的状態による精神的な影響が原因とされない。

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持続性抑うつ障害(気分変調症)の診断基準(DSM-5)
以下のA~Hをすべて満たす必要がある。

A. 抑うつ気分がほとんど1日中存在し、それのない日よりもある日の方が多く、その人自身の言明または他者の観察によって示され、少なくとも2年間続いている。 注釈:小児や青年では、気分はいらいら感であることもあり、また期間は少なくとも1年間はなければならない。

B. 抑うつの間、以下のうち2つ以上が存在する:

1. 食欲減退または過食       
2. 不眠または過眠
3. 気力の低下または疲労      
4. 自尊心の低下
5. 集中力低下または決断困難  
6. 絶望感

C. この障害の2年間の期間中(小児や青年については1年間)、一度に 2ヶ月を超える期間、基準AとBの症状がなかったことがない。

D. 大うつ病障害の基準の症状が2年間持続的に存在してもよい。

E. 躁病/軽躁病エピソードが存在したことがなく、気分循環性障害の診 断基準に合致したことがない。

F. 障害が、持続性統合失調感情障害、統合失調症、妄想性障害、または 他の特定のまたは特定されない統合失調症スペクトラムと他の精神病性障害でよりよく説明できない。

G. 症状が物質(例、乱用薬物、投薬、あるいは他の治療)の生理的作用によるものではない。

H. 症状は臨床的に著しい苦痛または社会的・職業的・他の重要な領域に おける機能の障害を引き起こしている。
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特定用語
うつ病および持続性抑うつ障害は,抑うつエピソード中にみられる追加的な臨床像を記述する1つ以上の特定用語を含むことがある:

・不安性の苦痛:緊張感および異常に落ち着かないという感覚を覚え;何か恐ろしいことが起こるかもしれないと心配もしくは危惧したり,または自分をコントロールできなくなるかもしれないと感じるために,集中することが困難である。
・混合性の特徴:患者は3つ以上の躁症状または軽躁症状(例,気分の高揚,誇大性,普段より多弁,観念奔逸,睡眠減少)を有する。この種類のうつ病の患者には 双極性障害の発生リスクがある。
・メランコリアの特徴:患者は,ほぼ全ての活動における喜びを喪失している,または通常なら快感となる刺激に反応しない。彼らは落胆ならびに絶望したり,過剰ないしは不適切な罪悪感を抱いたり,または早朝覚醒,著明な精神運動制止または精神運動焦燥,および有意な食欲不振もしくは体重減少を呈する。
・非定型の特徴:患者の気分は,よい出来事(例,子供の訪問)に反応して一時的に明るくなる。また,以下のうち2つ以上も認められる:批判または拒絶を感じた際の過剰な反応,鉛様の麻痺(体が重い感じまたは体に重りを付けられた感じ,通常は四肢),体重増加または食欲亢進,および過眠。
・精神病性の特徴:妄想および/または幻覚がみられる。妄想の内容は,許されない過ちもしくは罪を犯した,不治の病もしくは恥ずべき病に侵されている,または迫害されているなどが多い。幻覚は聴覚性(例,自分を咎めたり非難したりする声が聞こえる)または視覚性である。患者が声のみを報告する場合は,その声が真の幻覚であるかどうかを注意深く検討すべきである。
・緊張病:重度の精神運動制止,目的のない過剰な活動,および/または引きこもりがみられ,患者によっては,しかめ面や言葉(反響言語)または行動(反響動作)の模倣もみられる。
・周産期発症:発症は妊娠中または分娩後4週間以内である。精神病的特徴を認める場合があり,子殺しは,乳児を殺せという命令性幻聴または乳児が何かに憑りつかれているという妄想などの精神病エピソードが関連している場合が多い。
・季節型:エピソードは1年のうちの特定の時期に生じ,秋または冬が最も多い。
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という具合で、まずうつ病か気分変調症にあたるかどうか判定し、次に、特定用語の非定型の特徴:『患者の気分は,よい出来事(例,子供の訪問)に反応して一時的に明るくなる。また,以下のうち2つ以上も認められる:批判または拒絶を感じた際の過剰な反応,鉛様の麻痺(体が重い感じまたは体に重りを付けられた感じ,通常は四肢),体重増加または食欲亢進,および過眠。』に当てはまるかどうかチェックする。
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・非定型うつ病の特徴として、逆植物状態(体重増加、食欲亢進、過眠)、通電療法に反応しない、MAOIがよく効くなどが挙げられる。DSMではさらに「気分の反応性」と「鉛様麻痺」、「拒絶過敏」が挙げられている。

植物症状について
・順方向の植物状態は、不眠、食欲低下、体重減少、性欲減退。定型・メランコリータイプうつ病の病像。不眠を過眠に置き換えれば、sick behaviorと解釈できる。
・逆方向の植物状態は、過眠、食欲増進、体重増加、性欲増進。非定型うつ病の病像。
・睡眠に関して、早朝覚醒は植物性、入眠困難は逆植物性とする人もいる。
・日内変動は植物性、夕方になるにつれて症状が悪化する逆日内変動は逆植物性とする人もいる。

・いろいろな治療マニュアルの中で、MAOIを積極的に推奨しているものは少ない印象がある。ドイツの一部の治療マニュアルでは、最初にSSRIまたはSNRIで一か月見て、反応のない場合、リチウムを加え増強し、一か月見て反応がない場合、MAOIに切り替え、さらに反応がない場合、通電療法というような提案があった。
しかし、MAOIは食事の制限があるなど、使いにくく、入院環境くらいでないとうまくいかない。また日本ではMAOIは実質使っていない。最近ではSSRIのほうが安全で使いやすく、効果も十分であると考えられている。したがって、MAOIに反応するかどうかで非定型うつ病を鑑別することは難しい。また、MAOIを非定型うつ病の根拠とすることはできないとする論文もある。

・通電療法は根強い支持がある。しかしどのようなメカニズムで効果を発現しているのか、よくわかっていない。通常、軽症者には通電療法を選択しない。主に重症者・難治性うつ病の場合に、使うので、すでに抗うつ薬が使われている。したがって、通電療法に対しての反応性で非定型うつ病を鑑別するのは実際的ではない。さらに、通電療法の効果によって非定型うつ病を鑑別することはできないとする論文もある。

・結局現状では逆植物状態(体重増加、食欲亢進、過眠)、「気分の反応性」、「鉛様麻痺」、「拒絶過敏」が非定型うつ病診断の根拠となる。しかし、「気分の反応性」、「鉛様麻痺」、「拒絶過敏」については議論がある。さらに逆植物状態は双極性障害の症状であるとする議論がある。

・うつ病や気分変調症の診断基準の中で、睡眠と食欲の項は、「不眠または過眠」「食欲減退または過食」となっていて、こんなことをするから混乱が広がると思っている。とはいえ、抑うつを呈する人には不眠も過眠も食欲減退も過食も起こるのだから仕方がない。研究のためのデータとしては、細分化して登録したほうがいいのだが、どのように細分化するかについては研究途中である。いまは大きく取っておいて、将来、細分したいという気持ちなのだろう。

・「気分の反応性」を重視する学派もあり、逆に否定的な学派もある。実際には診察室で判定するのは難しい。メランコリー型との違いを重視するということなのだろうが、そのことをもって、独立の疾患と考えるほどのことではないように思う。

・「鉛様麻痺」については、四肢が鉛のようだというのはどういうことなのか、まあ、重くてだるいということだろうが、わざわざ鉛と言わなくてもいいだろう。「重苦しい、圧迫されるような身体的感覚」を基準に考えていいらしい。しかしいずれにしても、鑑別力に乏しい。特異性は強くないと思う。

・「拒絶過敏」については、これが非定型うつ病の根本症状であり、パニック障害や社交不安障害に近縁であるとする学派もある。拒絶過敏は内容から言ってパーソナリティの問題であり、症状としては不安が前景に出てくるもので、うつ病の一種というよりはむしろ不安性障害の一種ではないかとする。

・実際には、不眠ー過眠と、食欲増大ー食欲減少がどの組み合わせで見られるかはチェックしておきたいが、治療はあまり変わらないと思う。

・DSMでは内因性の言葉は消去されて、メランコリアの特徴として、「患者は,ほぼ全ての活動における喜びを喪失している,または通常なら快感となる刺激に反応しない。彼らは落胆ならびに絶望したり,過剰ないしは不適切な罪悪感を抱いたり,または早朝覚醒,著明な精神運動制止または精神運動焦燥,および有意な食欲不振もしくは体重減少を呈する」と書かれていて、この部分が内因性の特徴を具体化したものになっている。

・若いころには非定型うつ病で、年を経て定型うつ病に変化するとの報告もある。その点から考えれば、性格障害の一つであると考えることができる。

・以上、概観して、まとめる。

・診察室で、抑うつまたは、興味・喜びの喪失が見られたら、まずうつ病を考える。双極性障害のうつ状態の可能性を考え鑑別する。反応性・神経症性うつ病について鑑別する。そして植物状態があったら内因性定型メランコリー型うつ病を考える。逆植物状態が見られたら、非メランコリー性として非定型うつ病を考える。全体として、統合失調症と統合失調感情症について鑑別する。

・つまり、最初に身体病が原因のうつ状態、統合失調症との鑑別をする。次に、双極性障害のうつ状態と単極性うつ病のうつ状態の鑑別をする。次に、メランコリー性と非メランコリー性の鑑別をする。非メランコリー性のなかで、どの分類かを検討する。そして非定型うつ病という診断にたどり着く。

・しかしながら、鑑別困難なこともある。統合失調症には増悪後の残遺状態があり、うつ状態に類似する。また陰性症状のみを呈し、陽性症状を呈さないタイプの統合失調症がある。また、双極性障害のうつ状態と単極性うつ病のうつ状態を現在症から鑑別することは困難だろうといわれている。

・逆植物状態(過眠、食欲増進、体重増加、性欲増進)が見られた時、非定型うつ病と考えてよいが、逆植物状態が全部そろわない場合、非定型うつ病と見るかどうかは議論がある。過眠と食欲増進だけでいいとする人もいる。逆植物状態の本質は分かっていないし、早朝覚醒、入眠困難、日内変動、逆日内変動をどう考えればよいのかも人によって違うところがある。

・非定型うつ病と診断したとして、治療はMAOIが必須というわけではなく、SSRI、SNRIでよい。

・非定型うつ病を双極性障害に含める考えと、単極性うつ病に含める考えがある。どちらもそれなりの根拠がある。だから、非定型うつ病と診断されるものの中でも、双極性成分が強いものと、単極性うつ病の成分が強いものがあると考え、その移行型もあるだろうと考えてもよいとの提案もある。何でもスペクトラムとして考えて見ようというのも最近の傾向である。

・非定型うつ病を双極性障害と見る根拠は、いろいろあるので挙げてみる。逆植物状態は双極性障害と関係する。双極性障害のうつ状態では、過眠過食が多い。過眠過食にはリチウムが効く。逆植物状態を呈する双極Ⅰ型と双極Ⅱ型に対しては、三環系抗うつ薬よりもMAOIが効く。薬剤としてはリチウム、抗てんかん薬、抗精神病薬など、双極性障害に効く薬が効く。気分の反応性は混合状態の特色である。「気分の反応性」は気分の動揺性と不安定性であり、躁状態に近い成分である。気分の反応性は過剰反応を観察しているだけであり躁状態に近い。双極Ⅱ型と境界性人格障害、非定型うつ病は似ている。非定型うつ病は双極Ⅱ型である。

・非定型うつ病は内因性に属するのかという問題については、内因性というものについて、DSMが言及しないで済ませているので、積極的に論じることもあまりない。内因性というものが米国では強調されないし、そうであれば、非定型うつ病が内因性なのかどうかも気にならないのだろう。日本の学者の中には非定型うつ病は内因性ではないとする人もいる。また、非定型うつ病を双極性障害に含める人にとっては、双極性障害が内因性であるとの前提に立てば、非定型うつ病は内因性である。一方で、非定型うつ病に不安性障害の要素を強く見る人にとっては、非内因性であるということになる。非内因性は非メランコリー性だと主張する人もいるが、学者さん全体として同意があるわけではないし、内因性の本質もメランコリー型の本質も分かっていないので、決めようもない。まあ、自由にあれこれ言っているのはいいことだ。

・個人的に思うのだが、統合失調症の場合にプレコックス・ゲフュール(シゾフレニー臭さ)というものが昔から言われていて、専門家の間では共有できるものである。同じように、内因性単極性うつ病の場合に、「内因性単極性うつ病臭さ」とかメランコリー・ゲフュールとか名付けてもいいと思う。この感覚が内因性単極性うつ病と双極性障害のうつ状態、反応性・神経症性うつ病や非定型うつ病を鑑別するポイントになると思うが、どうだろうか。

・もともと、非定型うつ病は、うつ状態を呈する患者の中で、通電療法が無効で、MAOIが有効な一群があるということで、定型的ではないということから名付けられた。治療のサジェストとなっていた。そのころは、定型的ではないうつ病はこれ一つだったので、非定型うつ病という名前でよかった。しかしその後、いろいろなうつ病が見つかって、どれも定型的ではないと思われたし、従来の非定型うつ病と似ている部分があった。そこでいろいろな非定型うつ病が主張された。現在からみれば、非定型うつ病などという名前はそもそも輪郭不明瞭なものなのだから、各病型で積極的意義を持つ名前を考えればよいと思う。DSMでは疾患概念として成熟していないとみて、あるいは有効性が失われたとみて、まとめて非定型うつ病とした。しかしその定義だと、双極性障害、性格障害、不安性障害との鑑別が不十分になる。対応の仕方も、薬剤選択、精神療法の方向付けなどの点で違いが出るはずであるが、非定型うつ病の中でどのようなタイプなのか、治療開始時には鑑別できないこともある。また情報が足りないからではなく、本質的に鑑別不可能という可能性もある。

・治療について大まかに言えば、気分反応性を重視したらMAOI(うつ病だけれどもメランコリータイプではない)、逆植物症状を重視したら気分調整薬かMAOI(双極性障害の要素を重視)、拒絶過敏や不安を重視する場合は精神療法(不安性障害や性格障害に近いとみている)、双極性障害そのものだと考えたら気分調整薬となる。

・というわけで、非定型うつ病はいったん解体して、積極的な名前を細かくつけたほうがよい。たとえば拒絶過敏性不安障害、拒絶過敏性性格障害、過眠過食性双極性障害、ソフト双極スペクトラム症(双極性障害に属する)など。

・気分反応性は病名にすることはできない。「気分非反応性がない」という否定の否定になるが、これは気分反応性ありと肯定するだけではなく、メランコリー型うつ病とここが違うと指定する意味があるので、否定型の定義になってしまう。この辺が現在のDSM-5の非定型うつ病の変なところだ。

なんだか長く書いた割にはいい結論もなくて困ったものだ。