下書き うつ病勉強会#96 生活習慣病とうつ病

【A】生活習慣病と精神疾患

生活習慣病は,わが国独自の概念である。食事や運動喫煙,飲酒などの生活習慣が発症と進行に深く関与する疾患群と定義されており,一般にがん,脳卒中,糖尿病,心臓病,高血圧症、脂質異常症などが含まれる。

主要な生活習慣病とその近接領域は,うつ(depression,うつ病とうつ状態)との関連が深く,国際的な研究蓄積も多い。

一方、近年では糖尿病の認知症リスクなど,生活習慣病の認知機能低下への影響への関心も高い。

不健康な生活習慣から、糖尿病、脳血管障害、心筋梗塞、心不全、心房細動、腎機能低下などの生活習慣病に至り、そこからうつ病を介して、認知機能の低下および死亡への流れが最近のメタ分析結果から明らかになっている。生活習慣病は相互に関連し,うつが中継点となり、最終的には血管型認知症、アルツハイマー型認知症につながる。

1.脳卒中とうつ
脳卒中後のうつの合併は,脳卒中後うっ(post stroke depression)として,古くから知られてきた。
うつの有病率は14~19%で,脳卒中による入院直後に高い。うつを併発すると,認知機能が障害され,日常生活動作の回復が遅く,死亡率も高まる。うつと認知機能との関連は強いが,その関連は時間経過とともに低下する。脳血管性の器質的要因を伴ううつを「血管性うつ病(vascular depression)」と呼ぶこともある。最近では一過性脳虚血発作においてもうつ病との関連が示されている。責任病変の解明は,左前頭葉障害が多いとの指摘(1981)に始まり,深部白質病変や無症候性脳梗塞を示唆する研究結果もあるが,結論には至っていない。脳卒中に伴う障害や喪失による了解可能な反応である一面もある。

2.心臓病とうつ
心臓病領域での研究でメンタルヘルスとの関連性が強く示唆されているのは,心筋梗塞と心不全である。急性心筋梗塞搬送数は,大規模災害直後に増加することが,多数報告されてきた。急性心筋梗塞後のうつは生命予後悪化因子である。
アメリカ心臓協会は,冠動脈疾患患者のうつの評価と重症例のメンタルヘルス専門家との連携が必要であるとのステートメントを発表している。なお,高血圧とうつとの関連については,安定した関連性が示されてはいない段階である。

3.糖尿病とうつ
糖尿病とうつとの関連は,双方向性があること,併存によって生命予後が悪化することが定説となっている。また,糖尿病医とメンタルヘルス専門家とその間をつなぐコーディネータを配置した共同治療(collabora-tive care)を提供することで,治療のコントロールが改善することが明らかになった。アメリカ糖尿病学会は,共同治療をグレードAの治療構造として推奨している。

4.生活習慣病と認知症
生活習慣病は認知症とも関連する。リスク因子としての糖尿病やうつは,血管型認知症のみならず,アルツハイマー型認知症も関連しており,背景にあるメカニズムが単一ではないことを示している。

5.がんと精神疾患
「がん」も主要な生活習慣病に位置づけられているものの,がんと精神疾患とは独立している傾向が強い。

【B】個別の生活習慣との関連について

1.喫煙:訂正すべき「神話」 
喫煙は,生活習慣病の発症・増悪に最も影響を与える生活習慣の1つである。思春期における喫煙とうつ状態は双方向性があることが疫学研究から明らかになっている。臨床では患者本人が「メンタルヘルスが悪くなるので禁煙できない」と語られることが多く,専門家も精神症状の増悪を懸念して禁煙の助言を躊躇することが少なくない。しかし,近年のメタ分析によると、この考え方は間違った「神話」であり,禁煙は抑うつ状態不安やストレスを低減させ,気分や生活の質を改善させることが明確になりつつある。 

2.栄養
健康的な食生活が,うつ状態の保護因子であることについては一定の蓄積がある。観察研究によると,果物,野菜,魚,シリアル,オリーブオイル(n-3系不飽和脂肪酸を含む)などから構成される地中海食が,うつ状態の予防に関連するとされている。n-3脂肪酸を用いた介入研究では,うつ状態の改善に寄与していることが確認されている。肥満とうつとの関連も,蓄積は多い。Body Mass Index(BMI)の値が適正範囲である場合にうつ状態が低く,BMIが高くても低くてもうつ割合が高くなる(Uカーブ)と指摘されている。

3.運動
運動も研究蓄積の多い領域である。身体活動とうつの関連は,観察研究から,両方向性があることが明らかになっている。思春期においても,適度な運動習慣が,抑うつを予防する。介入を伴う研究においても,運動にうつ改善効果があることが示されており,メタ分析も複数存在する。高齢者への心臓リハビリテーションのうつへの効果も明らかになりつつある。

4.飲酒
不適切な飲酒(アルコール使用障害)は,うつとの双方向性がある。方向性は,飲酒がうつを惹起する傾向がやや強い。うつ病治療に加えて飲酒に関する認知行動療法を加えることにより,うつの改善効果があることも明らかになっている。

5.治療アドヒアランス
治療アドヒアランスは,うつ病と生活習慣病をつなぐ重要な要因である。治療アドビアランスは,うつ病になると低下する。治療アドピアランスを高める介入は,疾病管理(disease management)という枠組みでうつ病改善効果が確認されている。

6.生活習慣と認知症との関係 
生活習慣と認知症との関連では,喫煙食事,運動と飲酒,いずれも多数の観察研究成果が発表され,安定した関連性がメタ分析結果等で報告されている。喫煙は認知症発症リスクであること,認知症発症を低減させるにはn-3脂肪酸の摂取,運動および適正飲酒が有効であることを示唆している。運動は認知機能低下を抑制する。
教育レベルも認知症発症に関連しているものの,介入成果は明確ではない。

【C】問題点

生活習慣病・生活習慣とうつ病・認知症との関連に関する多くの知見により,行動変容によって生活習慣を改善すれば,生活習慣病のみならず,うつ病・認知症の予防・改善に寄与することが推察される。実際,糖尿病予防プログラム研究をはじめ,行動変容が糖尿病予備軍の糖尿病発症を予防することを示す多くの研究結果が蓄積されている。

しかし,問題もある。厳格な血糖管理によって死亡率が上昇した。また肥満者を対象とした生活改善介入は,体重減少や血糖コントロールの改善には寄与するが,循環器疾患による死亡に至るとの結果であった。肥満者を対象とした生活改善介入は,体重減少や血糖コントロールの改善には寄与するが,循環器疾患による死亡へは寄与していなかった。

うつの改善を含む生活改善効果に関する新たな知見が発表されているが、肥満者の場合、血糖管理や体重管理が長期予後に寄与しなかったという研究結果は,行動変容による生活改善効果の限界を示しているかもしれない。あるいは、肥満者という対者象の特性に限定された知見なのかもしれない。長期予後に寄与する行動変容として,血圧管理などの別のアプローチが必要なのか。この疑問はいまだ未解決である。