下書き うつ病勉強会#166 精神運動抑制と精神運動興奮-1

精神運動抑制とか精神運動興奮とか言いますが、厳密にどんな意味なのか。

試みに、精神運動興奮を検索してみると、次のような文章がある。

-----以下引用。

 精神運動興奮はその非特異性ゆえに,発熱などと同様に原
因検索を十分に行う必要がある.とくに急性発症の場合は,
器質因子や薬物・薬剤因子の関与が少なくないため,注意が
必要である.器質因子には,頭蓋内占拠病変や脳炎といった
脳への直接的侵襲,および甲状腺機能異常や SLEなどの全
身疾患がある1).薬物・薬剤因子には,アルコールや覚醒剤
といった依存物質,ステロイドなどの副作用がある.これら
の因子が除外されて初めて,狭義の精神疾患の鑑別という流
れになる(図 1).精神疾患には,非特異的なせん妄,精神病
性障害,躁,激越うつ,人格障害の衝動性亢進,精神遅滞・
発達障害の不適応反応などがある1)(図 2).
 症例 1は急性の発症で精神疾患の既往はなく,1週間前ま
では社会適応がよかったことから,器質因子の鑑別が必須で
あった.発熱と注意集中力の低下から脳炎を疑い,髄液検査
により確定した.血液検査で梅毒陽性であったため神経梅毒
として精査を進めたが,さらに HIVの共感染であることが
判明し,感染症科に引き継いだ.
 このように思いの外,重篤な病態が紛れ込んでいる可能性が
あるため,鑑別診断は基本に忠実に行う必要がある.基本とは,
前述のとおり,器質因子や薬物・薬剤因子の関与を検討し,し
かも優先順位を考えて鑑別作業を進めることである.

症例1 34歳の男性
〔主訴〕意味不明の言動
〔家族歴・既往歴〕特記すべきことなし
〔現病歴〕1週間前から欠勤し,意味不明の言動が出現する
ため,家族に連れられて来院した.
〔現症〕興奮して仕事の内容を語りだすが,断片的で全体と
して意味をなしていない.興奮のあまり立ち上がるが,転倒
しそうになった.見当識を確認しようとしたが,注意集中が
困難な様子であった.
〔身体所見〕血圧 146/88 mmHg,脈拍 80回/分,体温
38.1℃.

症例2 44歳の女性
〔主訴〕意味不明の言動
〔家族歴・既往歴〕特記すべきことなし
〔現病歴〕2年前から被害的な言動が目立つようになり,夫
にも周囲にも理由不明のまま離婚した.受診当日,混乱した
言動とともに興奮するため,元夫と子供に連れられて来院し
た.その途中でも車から飛び降りようとするなど行動の逸脱
が著しかった.
〔現症〕高い緊張と猜疑心に満ちていた.しかし本人も自分
の状態に困惑している様子で,身体診察に応じ,興奮を鎮め
るための内服の勧めにも応じた.

 興奮の強い患者とコミュニケーションをとる目的は安心を
与えることであるが,客観的には静穏化を図ることである.
焦燥は興奮との連続性を持ち,背景に幻覚妄想が存在する
可能性があるため,その場しのぎの対処で済ませてはいけな
い.被害的認知と焦燥の併存は短期的に暴力・他害の危険性
を孕み,罪業妄想と焦燥との併存は自殺の危険性が高い.し
たがって,援助者であることを丁寧に患者に伝えつつ,冷静
に状態を見極める姿勢が重要である2)(図 3).単純な表現で
反応をみつつ,焦燥の背景にある疾患は診断学的にはなにか,
どの程度の鎮静手段を講じるかを,短時間のうちに判断する.
長時間にわたる説得というより押し問答は,医師本人は精神
療法のつもりで陶酔しがちなこともあるが,周囲で控えるス
タッフには多大な負担をかけていることにも配慮する必要が
ある.眼前の患者に徹底的に付き合えといわれる向きもある
だろうが,現場では次に発生するかもしれない急患への備え
や,他の入院患者への対処も並行して行わなければならない
のである.チーム医療を行うスタッフの信頼を得られなけれ
ば,現場の用はなさない.
ーーーーー引用おわり

こうした文章から、興奮と精神運動興奮の違いが判るだろうか。あるいは、精神運動興奮と興奮はだいたい同じ意味と考えてよいのだろうか。それならばなぜ、興奮と言わず、精神運動興奮と表現しているのだろうか。

精神運動興奮は『精神興奮と運動興奮』の意味なのだろうか。あるいは、『精神興奮に起因する運動亢進』なのだろうか。

『精神興奮と運動興奮』の意味だとして、精神は興奮するが、運動は興奮するのだろうか。脳が興奮して運動が亢進するのが妥当な考えである。

『精神興奮に起因する運動亢進』の意味だとして、

ーー

今度は精神運動抑制を検索してみましょう。

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役所に提出する自立支援の診断書で抑うつ状態の項目の中に『思考・運動抑制』がある。
抑うつ状態の中に、『1 思考・運動抑制 2 易刺激性、興奮 3 憂うつ気分』 が書かれている。抑うつ状態の中に『易刺激性、興奮』とはどうなんでしょうかねと思いますが、これはDSM-5の Psychomotor agitation と関係しているでしょう。
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DSM-5では

Psychomotor agitation or retardation nearly every day (observable by others, not
merely subjective feelings of restlessness or being slowed down)

日本語訳は
ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止 (ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではなく、他者によって観察可能なもの)。

こういう事情があって、Psychomotor agitation or retardationについての説明が必要になった。この直訳として精神運動焦燥または制止という言葉が使われている。そしてその内容理解は各人でばらついている。

これを以下のように言い換えているサイトもあった。
A slowing down of thought and a reduction of physical movement (observable by others, not merely subjective feelings of restlessness or being slowed down).

Psychomotor agitation は省略されて、Psychomotor retardation はA slowing down of thought and a reduction of physical movement となっている。簡単に概略を理解してもらえるようにということなのだろう。(こういう時に a を使うかな)。思考と身体運動となっているが、では感情とか意欲はどうなるのだろう。たぶん、thoughtという言葉で「精神活動」を指している。身体運動と書いてあるが、身体運動は、脳からの信号で動く一方で、局所の神経や筋肉の事情にも左右される。末梢神経障害や筋肉疾患でもphysical movementのreductionは起こるわけで、このPsychomotor retardationの意味としては、そのような末梢の事情による身体運動変化ではなくて、脳からの指令が抑制されているために結果として運動が抑制されている状態を表現している。このようなわけで、まことにずさんな説明もあったものだ。

言い方を変えると、この説明は、思考の遅延と身体運動の減少となっていて、思考と運動の関係については言及していないようだ。しかし、運動が脳と関係なく発生するはずもないので、thoughtがslowになっているから、physical movementがretardationするのだということになるはずだろう。だから、Psychomotor retardation とわざわざ言う。
ーーーーー
別のサイトでは、DSM-5の診断項目リストをそのまま出して、それに読者がチェックを入れて、自動判定するものもある。しかしPsychomotor agitation or retardationがあるかないかと聞かれて、一般の人が正確に判断できるわけはないと思う。

連想される言葉としては、Mental retardation は精神遅滞であり、 これは Intellectual Disability 知的能力障害 と同じ意味になる。いろいろなサイトには認知症の症状との鑑別が書かれている。

Psychomotor retardation はドイツ語の Hemmung から来ているような気がする。Hemmungは辞書をひくと『阻止, 阻害; 抑制〔心〕, 遠慮; ためらい, 気後れ』と出ている。
英語としてはinhibitionがあてられている。
フロイトに『Hemmung, Symptom und Angst』というタイトルの本がある。

ーーーーー以下、引用
“精神運動抑制”とは思考活動が緩慢になることをいいます。 何事も思い浮かばず、決断ができなくなり、集中力や判断力が低下するため、失敗が多くなり、そのことがさらに本人を苦しめます。 知的活動も衰えるため、認知症(痴呆)と間違えられることすらあります。
ーーーーー
精神運動抑制ともいわれ,抑うつ気分や意欲の低下などとともに,うつ病の主症状の1つである.思考や決断力などの精神活動が停滞し,会話の減少,思考過程の遅延や緩慢な動作となって現れる.患者は,根気がない,集中できない,決断ができない,億劫や面倒などと訴える.重症になると,口数が極端に減って行動も不活発となり,臥床したまま動かなくなることもあり,うつ病性昏迷と呼ばれる状態になる.
ーーーーー
意欲・行為の低下
意欲が低下するために物事をやらねばならないということは分かっているのに「おっくう」「たいぎ」でどうしても出来ないと訴え(精神運動制止)ることもあります。「おっくう」「たいぎ」が極度に強くなると自発的な動きがなく、話しかけても応答しなくなってしまいます(うつ病性昏迷)。こうした症状や抑うつ気分は朝のうちに強く、午後から夕方、夜にかけて軽くなる傾向があり1日の中で変化が見られます(日内変動)。
ーーーーー
「意欲・行動の異常」では、精神運動抑制(制止)といって、やる気が出ず、何事にも億劫となり、活動性が
落ちた状態になります。
ーーーーー
うつ病には、気持ちの落ち込み、憂うつな気分など「抑うつ気分」と呼ばれる症状とともに、意欲が出ない、考えがまとまらない等の心の症状「精神運動抑制」がみられます。
ーーーーー
意欲の低下、行動力の低下、思考力の低下、集中力の低下、決断力の低下、判断力の低下といった精神運動抑制症状
ーーーーー
何かしようとする意欲がなくなる(精神運動抑制)。話し方や反応も遅くゆっくりとなる。身だしなみなどの最低限の日常生活も行うのが億劫(おっくう)でできなくなる。人と会うのも億劫で人との接触を避ける。うつがさらに重篤になると思考も制止し発動性も途絶え、動きがまったくなくなる状態になる(うつ病性昏迷)。
ーーーーー
意欲・行動面の症状
うつ病による意欲低下のため活動量も減少してくる。このうつ病による精神運動抑制の症状は、<なにもやる気が起きない><億劫である><前は簡単に出来たことも時間がかかる><能率が上がらない>などというように自覚される。
ーーーーー
精神運動抑制
 精神運動抑制とは、「精神機能の抑制」と「運動性の抑制」を合わせた総称である。

 精神機能の抑制では、忘れっぽい、覚えることが苦手になる、頭が早く回転しない、自分では決定できない、集中力がなくなるといった軽い認知症に似た症状が出現する。実際、「主人が最近ぼけてしまったみたいで…」と、奥様がご主人を連れてきて、面接してみると精神機能の抑制が前面に出たうつ病だったという事例もある。こうしたケースは「仮性痴呆」と呼ばれる。

 これに対して、運動性の抑制とは、何もやる気にならない、おっくうである、面倒である、などの症状をいう。一般に、「うつ病では、病状が悪いときは自殺の心配はないが、少し良くなったときが危ない」といわれるのは、悪い状態では運動性の抑制があるため「死ぬ気にもならない」からである。
ーーーーー
意欲・行動面の症状
うつ病による意欲低下のため活動量も減少してくる。このうつ病による精神運動抑制の症状は、<なにもやる気が起きない><億劫である><前は簡単に出来たことも時間がかかる><能率が上がらない>などというように自覚される。
ーーーーー
精神運動の障害(強い焦燥感・運動の制止)
動きが鈍くなったり、口数がへったり、話し方がのろのろとゆっくりになったり、声が小さくなったりする。(運動の制止といいます)
今まで、さくさくとこなしていた家事や仕事など、何事にも時間がかかるようになり、動きがどんよりと鈍くなります。周りの人に気づかれる変化ですが、「怠けているの?」と誤解されることもあります。
逆に、強い焦燥感(イライラ)で、身体をじっとしていることもできず、ソワソワして身体を動かしたり、ウロウロと歩き回ったり、じっと座っていられなかったり、早口になったりすることもあります。
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精神運動の障害(制止または焦燥)(意欲がない・イライラが強い・不安)
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つづく

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