下書き うつ病勉強会#164 SADの周辺

SAD の認知モデルとしては、Clark と Wells のモデルが興味深い。このモデルによると、SAD 患者は恐れている社交的状況に接すると、「好意を示してくれなければ、その人は自分を嫌いなのだ。皆に好かれなければ、自分は価値がない。もし、自分が不安な様子をみせたら、奇妙に思われ拒絶されるだろう」などの患者自身の社交的状況に関する一連の思い込みを活性化する。これらの思い込みのために、SAD 患者は、通常の社交的状況における対人関係も否定的に解釈し危険のサインとみなし、不安のプログラムが始動し始める。

それは、3 つの相互に関連する構成要素からなる。第 1 は、危険を察知することによって始まる身体的、認知的な不安症状とされる。赤面、震え、動悸、集中困難感、何も考えられない感じなどが起こり、これらが、それぞれ察知された危険のさらなる原因と考えられ不安を維持する悪循環が形成される。第 2 の構成要素は、患者が恐れている社交的状況に対する脅威を減らすためにとる安全保障行動を含めた回避行動である。第 3 の重要な構成要素は自己を社会的対象として処理する過程とされる。自己の注意が他者の視点にシフトしてしまい、不安時に生じる自分の内部感覚的な情報を使って、他者からみる自分自身の印象を作り上げてしまう。自己に注意が集中するために、口の周りの筋肉が緊張するのを感じるとすぐに、この感覚は誰の目にも明らかな引きつった表情のイメージにつながることもあり、また、ちょっとした汗の感覚が額を滝のように流れる映像につながっていくこともある。そして、その自分自身についての印象は、実際に他者が患者について考えていることが反映されていると思い込む。このように、閉じたシステムの中で自己の内部で作られた情報によって自分が否定的に評価される危険があるという信念が強化され、実際の社交的状況で起こっていることは見過ごされてしまうことが多くなる。

わが国の自己臭恐怖や自己視線恐怖、醜形恐怖などの確信型対人恐怖の症状形成を考える場合もこの自己を社会的対象として処理する過程は興味深い。「観察者の視点で自己を注目する処理(自己注目)」「内的情報への注意シフト、内的情報に基づいて自分が他者にどう見えるかを推論(事実と一致しない自己イメージ)」「自分の価値は他人の判断で決まる」ことが起こり、その中で自分の臭いや視線、外見などの対人性をもつ身体的欠点の存在に事実と一致しない自己イメージが焦点化し確信していくことが、確信型対人恐怖では起こるのかもしれない。
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SAD 研究会による「SAD の小精神療法」

1)「SAD は治療可能な病態である(心理教育)」
心理教育時のポイントは、まず、「心の落穂拾い:不安感の出現しやすい社会的状況を確認しながら惨めな思い出を心情的レベルで丁寧に聞き取ること」を十分に行うことと思われる。SAD 患者は周囲の人から「気にしすぎだ、気持ちを強くもて」などと言われるのみで、その症状を理解してもらえなかったと感じていることも多いので、今までのつらかったことを広げてみせてもらうようにすることも重要と思われる。その中で、症状の好発状況を確認していく。その上で「社会的にも頭の中でも、対人関係や社交的状況に条件づけられた不安が起こりやすい悪循環の回路ができてしまっているかもしれない」と病態を説明し「その悪循環の回路が回りださないように、悪循環がとれてよい循環になるように」一緒に治療していくということを説明する。

2)「今のままでは大変困ってしまうと思われるので、治療者と一緒に日常生活を立て直していこう(動機づけ)」
治療方針を説明する際には、まず、治療に対する動機づけを高めることが鍵になると思われる。本来やりたかったが、不安が強く避けてきたためできなかったことを聞き出していくことも有効と思われる。このとき、治療者は「避けたくない」けれども「避けたい」という両方の気持ちがあることを確認しておいた方がよい。症状の裏にある向上発展の希求(生の欲望)をうまく利用できるかもしれない。

3)「しばらくは不安感をうまく手なずけようという気持ちで(不安感の扱い)、まずは 3 ヵ月間一緒に治療を行ってみよう。効果が感じられるようであれば、少なくとも1年間は治療を続けてみよう(予想される治療期間を示す)」
不安感の扱いは、最初から完全になくさなければいけないと思わない方がよいかもしれない。うまく手なずける、折り合いをつける程度にしておき、まずは 3 ヵ月、効果が感じられるようであれば 1 年間程度は治療を続けてみた方がよいと説明し、予想される改善の時点を最初に設定しておく。

4)「薬物療法は力強い味方になる(薬物に変えられるのではなく手助けに)」
薬物療法に対する不安感をもつ人もいるので、薬物療法を手助けにし、頭の中の悪循環の回路が回りだすことがなくなり、良い循環の回路がうまく形成されてくるとだんだん薬物は必要なくなってくるかもしれないと説明しておく。

5)「まずは、日常生活の中で、できそうなことから(行動)始めてみよう(階層化)」
不安階層表などを作成してみてもよいかもしれない。日常生活で必要な行動がとれるようになっていくことが重要であることを説明する。不安感が多少あっても行動ができていればよいというメッセージを伝える。

6)「できていることに目を向けよう」
できていないこと、不安感が出現することに目が向きやすいので、できていることに目が向くように配慮する。うまくできそうな方法を治療者とともに検討していく。

7)「周囲の人の話をよく聴き、よく見てみよう(自分の身体反応に注意が集中しないように、自分への過剰な観察に陥らないように)」
意外とよく聴いていなかったり、よく見ていなかったりし、周囲の人の様子を誤解していることが多い。よく聴くことができるようになり、よく見ることができるようになると落ち着いてくることもある。可能であれば、徐々に安全保障行動(不安感が起こらないように自然にとってしまう回避行動)をとらないで行動してもらい、その前後での周囲の人の様子を確認してもらう。

8)「治療中、症状に一進一退があるため、一喜一憂しないようにしよう」
うまくいかないことが生じると失敗したという感じを強くもつことも多いので、うまくいったり、うまくいかなかったりしながら、一緒にうまくいく方法を考えて、全体として徐々に改善していくことを伝えておく。

9)「元来、人に気をつかえることは長所でもある」
治療の後半では、人に気をつかいすぎてしまうことは大変であったが、人に気をつかえることの長所も話しておく。このように、一般臨床の外来場面で可能な精神療法的対応を行いながら、社交場面での不安感にとらわれすぎずに生活する自信を獲得できるように支援していくことも重要と考えられる。