下書き うつ病勉強会#129 Q-Aの形で勉強

うつ病の古い記録は?

うつ病については古代から記録が残されている。多くの古文書で見つけられる。たとえば旧 約聖書の中ではサウル王が精神病性うつ病だったと思われる。ホメロスの叙事詩 “イリアス ”ではアイアスの自殺の話がある。

医学書としてうつ病の古い記録は何ですか?

医学的には紀元前5世紀のヒポクラテスの記述が古い。メランコリー(黒胆汁)という用語は古代ギリシアの体液学説に基づいたものであり、黒胆汁によってうつ状態が生じると考えられてい た。メランはメラトニンなどのメランmelasで黒。コリーkholeは胆汁。そのころの医学では四体液説があり「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の4種類を人間の基本体液とする。manieの語源は、ギリシャ語で狂気を意味する μανία。マニーとメランコリーは出自としてかなり違うものだと言える。

19世紀まで、躁 Mania と うつ melancholia はまったく異なる障害だとみなされたが、1851年にジャン=ピエール・ファルレが一人の人間がこの2つの間を循環するという初の概念を提示し、19世紀末までには広く認識されていった。ファルレと、初期の精神病の分類を行ったカール・カールバウムから着想を得て、エミール・クレペリンは分類体系を作り、躁と鬱を一体化し、また精神病状態を、早発性痴呆(後のシゾフレニー)と躁鬱狂気 manic-depressive insanity (ドイツではManic-Depressive-Irresein。また、Manic-Depressive Illnessを意味することもある。)に分けた。現在の双極性障害よりも広い概念といえる。当時の、manieの用語では幻覚なども含まれ現代的な意味とは必ずしも一致しない。

depressionという言葉はいつ頃から?

17~18世紀にかけて『うつ病(depression)』という用語が用いられるようになった。当時もまだ体液学説の影響は色濃く残っていた。

古い時代のメランコリーとマニーの関係は?

19世紀に入ると神経学の影響から一元論的に考えられ、単一精神病論が展開された。メランコリーはマニー、パラノイア、アメンチアとともに単一精神病の一段階ととらえられるようになった。

その流れを受けたノイマンは疾患の経過を重視し、うつ症状はあらゆる疾患の過程に出現するので、メランコリーは精神疾患の分類の基準にはならないと主張した。

この頃のマニーは時代によって人によって意味が違い、広く精神不調を指すこともあれば、現在でいう躁状態を指すこともあり、一定しない。

mania (n.)

14世紀後半、「興奮と妄想によって特徴づけられる精神錯乱」という意味で、ラテン語のmaniaから派生した言葉です。ラテン語のmaniaは、ギリシャ語のmaniaに由来し、「狂気、狂乱、熱狂、魂の熱狂、狂った情熱、激怒」という意味があります。関連する語には、mainesthai(激怒する、狂う)、mantis(予言者)、menos(情熱、精神)などがあり、いずれも起源は不明です。おそらく、PIEの*mnyo-(1)「考える」という語幹に、心や思考の質や状態を表す派生語が含まれる形で派生したものと思われます。

「流行、熱狂、マニアに似た熱望や制御不能な欲求」という意味の用法は、1680年代にフランス語のmanieから派生しました。中英語では、manyeとして表現されることもありました。1500年代以来、特定の狂気のタイプを表す複合語の2番目の要素として使用されています(例: nymphomania(1775年)、kleptomania(1830年)、megalomania(1890年)など)。最初は医学ラテン語で、ギリシャ語の模倣で、ほとんどが後期ギリシャ語で、gynaikomania(女性)、hippomania(馬)などの複合語がありました。

単一精神病論は、結局、どの精神病も治らないし、最終的には共通の最終局面に至るという観察が基盤になっていたと推定する。

クレペリンは何をしたの?

経過を重視する考え方はクレペリンに受け継がれた。クレペリンの提案した『躁うつ病』は現在でいう双極性障害、退行期メランコリー、混合状態、気分循環症、気分変調症などを含めた広範な概念であり、自分の教科書の改訂にあたり何度も改訂して、躁うつ病の範囲は少しずつ拡張していったようだ。躁うつ病としてまとめる着眼点は、『経過の循環性』である。ここがそれまでの単一精神病が共通最終経路に行きつくという経過とは違う。

まず第一に『経過』によって分類してみたら、早発性痴呆系と循環病型に分けられた。そのうえで症状を比較してみると、早発性痴呆系は認知領域の障害であり、循環病は感情領域の障害が多いようだった。

そこで、『現実を把握する能力の障害・長期崩壊的経過』がひとまとまりとなり、「感情領域で極度に憂うつになったり破格に明るくなったりして、それが交代する障害・循環型経過』が別のひとまとまりになった。

診断にあたっては、長期経過を見届けた上で診断するというのは実際的ではないので、現在の症状と、成育歴、家族遺伝歴、性格傾向などから総合して診断することになった。その方式で言うと、診察室での診断が、長期の経過を予言することになり、これはだいたいうまくいった。うまくいったので、クレペリンは大先生になった。

つまり、経過によって病気を2つに分類したら、偶然かどうか、現在症として認知の障害と感情の障害に分かれた。したがって、全経過を見なくても、現在症として感情障害があれば躁うつ病と診断してよいことになった。

もちろん、シゾフレニーで postpsychotic depression がみられることも観察されていて、シュナイダーの本では、シゾフレニー診断の二級症状としてうつ状態があげられている。このあたりの事情は、まず認知障害があったら、シゾフレニーを考える。その場合、感情障害があっても、シゾフレニーの否定材料とはならない。むしろシゾフレニーの二級症状として、積極的根拠となった。シゾフレニーが否定されたのちに、感情障害があれば、躁うつ病と診断された。

これはなかなかすごい話で、まず、病理の根本は経過に現れると考える。そして、経過の特性を基準に分類すると認知領域と感情領域の分類とちょうど重なった。そこで、経過を確認しなくても、現在症で診断できるようになり、病理の本質に応じた診断が可能になった。(もちろん、現在ではそれは不正確だと知られているが、雑に言えば、だいたいは正しい。)

クレペリンによって種々の疾患分類の基礎がつくられ、その病因についての議論がさかんになり、その中で、内因性対外因性、精神病性対神経症性、一次性対二次性、単極性対双極性などが検討された。それぞれ病因による細分類が試みられるようになった。しかし結局、細胞レベルや神経回路レベルでの原因が見つからないので、みんな勝手なことを言っていた。

たとえば家系研究や最近の遺伝子研究でも、事実は報告の通りだろうけれども、その解釈はいろいろ別なものもあるだろうと思われるので、確定した真実とも言いにくいと思う。

内因性・外因性、精神病性・神経症性、一次性・二次性などはDSM-5では説明がない?

生物学的精神医学の発展にともない、信頼性と妥当性をもつ疾病分類が望まれるようになり、近年はあいまいな病因論を廃し、記述学的症候学に基づく分類が重視されるようになっている。そのため、内因性・外因性、精神病性・神経症性、一次性・二次性といった区別はあまり重視されなくなっている。それで実際には決定的な不都合はないので、話は簡単なほうがいいのだろう。

クレペリンはうつ病をあくまで躁うつ病の一部と考えていたわけですが、その後、双極性障害と単極性うつ病を分離したのですね?

20世紀後半になるとレオンハルトがまず主張し、そのあとでアングスト、ペリスらが家系調査から、躁病相をともなわない単極性障害と躁病相をともなう双極性障害とは、発症年齢、病前性格、薬物反応性を含む臨床特徴、遺伝負因において異なる点を指摘し、両者を分離する妥当性を主張した。

また、従来うつ病の経過は周期性であることが特徴とされてきたが、うつ病エピソードが1回しか認められないケースも少なからず認められること、また病相をくり返すほどに再発しやすくなること、また治療抵抗性になる傾向がみられることから、単一エピソードと反復性の障害が区別して扱われるようになった。

躁うつ病という集合では、雑多なものが一つにまとめられていたので、分離できるところは分離したほうがいいだろうということでしょう。

しかし、うつ相の反復が激しかったり、治療抵抗性になったりする場合は、双極性の要素を考えたり、性格障害の要素を考えたりするわけで、この辺りは再度単一精神病の考えが出てきそうです。

最近は心因性精神障害はどのように考えられていますか?

気分変調性障害、不安性障害の各種、適応障害など、分散して存在している。心因性というのは原因に言及した言い方なので、DSMとしては排除する。心因性の状態が、どのようなメカニズムなのか、正確には分かっていないので、それも仕方ないような気もする。

最近は内因性精神障害はどのように考えられていますか?

内因性と言っても、いくつかのレベルがあって、まず、シゾフレニー、バイポーラー、うつ病の一部である内因性うつ病、これらを内因性と考えることができます。また、もっと狭く、双極性+うつ病の内部で、内因性を考えると、双極性の全部と内因性うつ病が内因性で、その他のうつ病は心因性とか非定型とかいろいろになるのではないでしょうか。

私のイメージでは、内因性は遺伝子から神経細胞に、そして脳神経回路にという方向で、『順方向』に変化が波及するものです。このタイプは抗うつ薬が効果的ですし、通電療法も効果的だと言われています。

一方、心因性うつ病の系統は、薬剤があまり有効ではないし、通電療法も効果的ではありません。むしろ時間をかけたカウンセリングが大切でしょう。

『melancholy』で検索してみると、2023年の発行に絞っても、いろいろな論文が出てくる。例えば、the Sydney Melancholia Prototype Index (SMPI)というチェックリストがあって、これによってmelancholic and nonmelancholicを鑑別し、通電療法が適切かどうか判断するという論文。説明によると、melancholicのほうは、うつ病として重度で、精神病症状を呈することも多く、神経学的ソフトサインを呈することも多い。melancholic and nonmelancholic は質的に異なるものであるとの結論。

また例えば、the Sydney Melancholia Prototype Index (SMPI)をブラジルの人がポルトガル語に翻訳して、どのくらい役立つか研究したものとか。思ったより数多くの論文があるので、さらに内因性endogenous depression で検索してみると、これも数多くある。

世界の精神医学者は内因性うつ病を今だに大切に思っているらしい。

Endogenous (内因)で検索してみると、結構たくさん出てくる。なかにはEndogenous & Exogenous Depression という解説があり、Exogenous というのは、環境因性、状況因性、心因性、ストレス性、トラウマ性などを、つまり、内因性以外のものを全部含んだ表現のようです。経過の中で、発病直前に何かエピソードがあればExogenousで、特にエピソードがなければEndogenousだけど、それはとりあえずであって、子細に見てゆけば何かのエピソードは見つかるだろうという感じで書いてある。Endogenousは遺伝子の問題で、医師が薬剤で治療する。Exogenousは心理職の領域で解決するということのようだ。それぞれの国で病気についての意見の歴史も状況も違う。

海馬の体積減少はうつ病と関係がありますか?

反復性うつ病に、海馬をはじめ、扁桃体、尾状核、淡蒼球、前頭皮質の体積減少を伴うことが報告されている。さらに、海馬体積の減少は言語性記憶機能の低下と関連し、先行するうつ病相の期間全体と相関することが示された。海馬体積の減少のメカニズムとして、ストレスによって誘発されるグルココルチコイドを介した反応が重視されている。ストレスによって放出されるグルココルチコイドは、興奮性アミノ酸であるグルタミン酸の放出を促す。また、グルココルチコイドは錐体細胞や歯状核の顆粒細胞に存在するミネラルコルチコイド、グルココルチコイド受容体に作用し、細胞代謝の異常を引き起こし、興奮性アミノ酸による細胞損傷が生じやすい状態を引き起こす。

一方、興奮性アミノ酸であるグルタミン酸は、尖端樹状突起や歯状核からの苔状線維の終末である透明層に存在するNMDA受容体に作用し、カルシウムの流入が増大することによって細胞構築の破壊をもたらす。海馬における細胞損傷が記憶機能や感情処理機能の低下、ストレスに対する脆弱性を増強し、反復性うつ病の重症度がエピソードの反復とともに増すと考えられている。
うつ病における器質性変化を示唆する所見は、従来、機能性疾患であり、経過が相性で病相の回復とともに機能も正常に戻るとされていたうつ病の概念を覆すものである。

二つの病気の関係として、『火事と焼け跡』タイプもありますが、comorbidityもありますね?

うつ症状はあらゆる精神疾患の経過中に出現しうる。とくにパニック障害、強迫性障害などの不安障害、摂食障害、人格障害、アルコール・物質乱用や依存症、種々の身体疾患や脳血管障害などの脳疾患は、うつ病との合併率が通常より高いことが知られている。こうした何らかの共通する病態生理を共有して2つ以上の疾患が合併しているような現象はcomorbidityとよばれている。

従来、精神科診断は多様な症状をできるだけ一元的にとらえる見方が優勢であったが、2つ以上の疾患の主要な症状をもつ場合、そうでない患者と比較して、臨床症状や治療反応性が異なることから、comorbidityは注目されてきた。

うつ病とパニック障害のcomorbidityについては、前者に後者が合併する率は20~30%とされ、後者の21~91%が生涯で1回以上のうつ病エピソードを経験するといわれる。うつ状態を合併するパニック障害の場合、不安、恐怖症状がより重篤で、難治性であり、自殺企図が多いなど、社会的問題となることが多い。

また、強迫性障害患者の約30%はうつ症状を合併し、その場合に強迫症状はうつ症状にともなって変化する。

アルコール依存症についてもその36%にうつ病の合併が認められ、双極性障害との合併はさらに多い。不眠、抑うつ、不安、焦燥を緩和するためにアルコールを摂取する患者が多く、そのためうつ症状の程度とアルコール摂取量が平行して変化する。

こうしたcomorbidityの存在に着目し、またSSRIなどの薬物反応性が共通する一連の疾患群をまとめて「セロトニン関連障害」や「うつ病スペクトラム」といった概念も提唱されている。