「籠もり部屋」

“先日、ウェブ上で「結婚不適合者」と題された匿名の記事を読んだ。彼氏を作っても月に一度デートすれば満足で、それ以上を求められると「時間が奪われる」と感じてしまう。毎日のようにくだらないメールをやりとりするのがしんどい。趣味の時間がとれないと体調が悪化する。きっとこのまま誰とも結婚できないのだろう、と綴る若い女性の手記だった。 他人事とは思えなかった。孤独を失ったら、私はきっと死ぬ。言うなればこれは「持病」のようなものだ。狭心症患者がニトロを手放せないように、糖尿病患者がインスリン注射を打つように、私が健やかに生きていくためには、「番いの相手」は要らずとも、「一人の時間」は必需品なのだった。そのことを理解してくれる人とでなければ結婚できない。自分の心を偽ってまで他者と関係を保ちたいとは思わない。口で夫にそう伝えるより先に、身体が動かなくなってしまった。 協議の結果、新居には「籠もり部屋」を設けることにした。寝室と居間が一体化した開放的な1LDKをすべて内見候補から外し、同等の面積で、間取りが2LDK以上に仕切られた物件を選ぶ。幸い条件ぴったりの部屋が見つかり、私は5畳半の個室を手に入れた。ルールは単純だ。二人でいるのが精神的につらくなったら、私は「籠もり部屋」のドアを閉める。扉が閉じていればその内側は「一人の時間」で、たとえ配偶者といえども干渉してはならない。ただし、事前に約束した食事の時間は守ること。 この話をすると「うちの夫と同じだ!」と言う友達が結構いた。物理的なシェルターを必要とする人は、なぜか女性より男性に多いようだ。曰く「最初は何に参ってるのかわからなくて、塞ぎ込んでるのを心配してずっと側にいてしまった」「籠もり部屋を作ってあげてからは二人でいても気性が穏やかになった」「部屋では趣味に没頭しているらしい。まったく理解できないけど、無理に知ろうとするよりそっとしておいたほうが夫婦円満」……そう、そうなのよ!”