日曜の趣味程度

最近うつ病とか精神症状とかいろいろ書いていますが、覚えておいてほしいのは、私はこうして意見を言うことを仕事にしているのではないということです。趣味の領域です。

私の仕事はお医者さんですから、日々の診療で生活をしています。その場面では、今ここに書いているような細かいことはほぼ問題になりません。理屈が役に立つことはあまりなくて、それよりも、実際の患者さんの悩みを、どのように苦痛なく、早く、未来に良い形で、解決の手助けができるかということで、日々を生きています。

そんな中で、どうしてこんな役にも立たない文章を書くかと言えば、アマチュア的な自由さの故です。専門家ではないかと言われそうですが、症状分析や疾患分類や病気のメカニズムについての見解は学者さんの仕事であって、私の場合は専門違いです。

例えば、国土地理院で地図の仕事をしている技術者がいるとします。その人は、日々の仕事とは別に、間宮林蔵の仕事に興味を持って、当時のことを調べたり、間宮の地図の細かいところを検証したりしてブログに書いているとします。

外部から見たら、たしかにほかの人よりは間宮林蔵の地図に近いわけですから、地図の専門家の意見だと思われるかもしれませんが、それはあくまで個人的な趣味です。

昔のドイツの偉い精神医学者や哲学者がどうしたとか、フランスの哲学者の書いたものがどうだとか、最近のアメリカの精神医療の流れがどうだとか、そうしたものは私の立場からは、間宮林蔵の地図であるわけです。

たしかに関係はあるけれども、その専門家として議論することを職業にしているわけではない。趣味の領域として自由を確保しながら考えている。だから間違いもあるし偏りもある、誤植も放置している、それは許してもらうということです。

学者さんが専門家として発言するときは責任も伴うはずですし、レベルも仕事にふさわしいものでなければなりません。

しかし私は趣味として書いているので、好きなところだけつまみ食いすればいいし、反論を気にしてあらかじめ防御しておくとかそんなこともありません。専門家集団で必発の、派閥とかからも自由です。

ところが、私の書いた趣味に過ぎないものを学者さんが生活をかけて発表したものと混同して、このブログにこう書いてあって、これが自分にぴったり当てはまるから、などと主治医の先生に相談する人もいるらしい。そういうことになると申し訳ないことです。

普通、論文は査読というものがあって、勘違いしていないかとか、論理は正しいか、統計処理は適正か、説明にぬけがないかなど、チェックが入ります。何度か訂正して、内容も適正であり、誰が読んでも誤解なく伝わると判定されたときに論文として掲載されます。まあ、あとで間違いが分かることもあるし、論文を撤回することもあるでしょうが、査読通過の時点ではみんなで検証して正しいと思われた、またはこれから検証する価値があると思われた、そういったものです。

ブログなどはそういった検証手続きがないので、間違いもたくさん放置されています。間違う可能性の代償として、誰にも遠慮しなくていいし、自由に考えられます。

ブログや情報発信は悪徳商法の道具になっているので、おかしな情報はたくさんあります。そのような情報と、自分にとって真に役立つ情報の区別は大切です。そしてそれが微妙に難しい。

検証された情報をインターネットで探そうとするとき、病気関係のことならば、学会とか国立病院とか研究機関とか大学とか厚労省とか、そのようなアドレスを持った公式サイトにまとまった情報はないか調べてみるのが普通でしょう。アドレスの最後のほうに ac などと入っているのが研究機関や大学です。とんでもない研究所もあるしとんでもない大学もありますが。目安としてです。学会も、正しい知識の啓蒙のための団体でもなく、専門家本職の政治的な場所であったり、製薬企業や検査の機械メーカーの資金が意見を左右したり、大きな組織であっても、中には異色の人が混じっていたりして、いろいろあるものです。

素人向けにきれいな図で説明しているサイトは親切な面もありますが、単純化しすぎていたり、古かったりします。断定的に書いてあれば、そこまではもう明らかなことなのかと読者は思ったりします。明らかに古いとか間違っていると感じるものもあるのですが、それは私が間違っているかもしれないし、勘違いしているかもしれないので、私は間違いだと思う、ただ最終的な判断は保留するということになります。

どのような人をターゲットにして書いてあるページなのかを考えてみることも大切でしょう。

参考:https://www.jaist.ac.jp/ks/labs/kbs-lab/sig-swo/papers/SIG-SWO-A602/SIG-SWO-A602-01.pdf

まとめていうと、私がここで何か書いているのは個人的なノートであって、たとえて言えば、趣味としての間宮林蔵の地図についての考察であったり、日曜の趣味としてドイツ精神医学とか統合失調症の症状論とかを断片的に思いついたことだけ言っているのだと考え、信頼度の低いものとみなしておいてください。一番信頼できるのは実際にお話しできる主治医の先生です。