下書き うつ病・勉強会#17 躁状態先行仮説-5

下書き うつ病・勉強会#17 躁状態先行仮説-5

抗うつ薬誘発性躁病とラピッドサイクリング

抗うつ薬の役割は、双極性障害の臨床治療の中で最も物議を醸す問題です。つまり抗うつ剤による躁転が問題です。双極性障害における抗うつ薬の長所と短所をここで詳細に議論するつもりはありませんが、RTC(ランダム化比較試験)から得られる結論は次のようなものだと思います。

第一に、最近のメタ解析において無治療(プラシーボ単独)または抗精神病薬(olanzapine)と比較して、抗うつ薬は急性期うつ病に効果的であることが示されました。まあ、当然ですね。しかしまた、適切な治療レベルのリチウムまたは他の気分安定薬に比較して、急性の大うつ病エピソードに対して抗うつ薬がより有効であることはまだ証明されていないのです。また最近のものでは、NIMHが提案するSTEPーBD(Bipolar Disorderのための系統的Treatment Enhancement Program)があり、やはり抗うつ薬がより有効であることの証明はなされていません。

第二に、偽薬対照試験で、SSRIやSNRI、NASSAなどの抗うつ薬がマニーを誘発するエビデンスはありませんでしたが、三環系抗うつ薬(TCAs)の場合は薬誘発性マニーが存在するとのエビデンスは示されています。

第三に、双極性障害の気分変動の予防に関しては、三環系抗うつ薬も、セロトニン再取り込み阻害剤を含めた新規抗うつ薬も、有効性がないことが繰り返し示されています。有効であるという観察データもありますが、エビデンス・ベイスト医学の立場で、無作為化されたデータを解釈すると、まだエビデンスがありません。

第四に抗うつ薬は躁うつ病の場合に投与するとラピッドサイクラーを引き起こすことがあります。特にうつ病から始まる躁うつ病の場合にラピットサイクラーを引き起こしやすいと結論している無作為化研究があり、これに反論する無作為化データは見当たりません。

以上のように、文献を客観的に読めば、躁うつ病の場合の抗うつ剤の有効性と安全性に疑問が生じるのではないかと私たちは考えています。(この文章を書いた当時から20年くらいたっているのですが、この認識は現在では広く共有されていると思います。)

臨床経験では、エピソードとエピソードの間の症状のない時期や興奮期の始まりに、気分安定剤を使用すると予防効果が発揮されやすいと思われます。しかし、同じ気分安定剤を大うつ病の急性期に使用すればずっと効果は乏しいものになります。このことは普通は気分安定薬には大うつ病急性期への効果はないのだと解釈されるでしょう。しかし、別の解釈もできます。私たちの躁状態先行仮説で考えると、うつ病はうつの時期に直接治療するのではなく、マニーを予防するか、マニーを治療することで、間接的により容易に予防できるのです。

抗うつ薬使用を慎重にすべきといっても、気分安定剤を積極的に双極性障害の急性うつ病の患者に必ず使用する必要があるというのではありません。むしろ、急性大うつ病エピソードのときには気分安定剤の投与量を減少させる必要があります。気分安定薬はうつ状態を引き起こすことがよくあるからです。その後、うつが解消されない場合は、抗うつ薬を追加します。しかし、一旦急性期が終わったら、抗うつ剤は中止して、気分安定薬を増量することがポイントです。

うつ病急性期が終わったら気分安定薬を始めることにすれば、はるかに効果的に気分安定剤の予防効果を発揮することができます。しかし、ほとんどの臨床医は、急性の気分エピソードの治療に焦点を当てるだけです。また正常な気分になっても、抗うつ薬を継続することがあり、その多くの場合に、気分安定剤の使用を減少させるようです。こうすると効果的で長期的な予防効果は発揮できないことになります。(つづく)