下書き うつ病勉強会#94 火事としての各種病気と焼け跡としてのうつ病-5

やっと本題の『火事としての各種病気と焼け跡としてのうつ病』についてお話しします。

もとはガミー先生(Nasir Ghaemi)が『マニーは火でうつは灰だ』と書いていたこと。火と灰はカテゴリーが違うので、『火事と焼け跡』のほうがいいだろうと思った。

【双極性障害のうつと単極性うつ病のうつは違いがあるのか?】

結論として、私の考えでは、違いはない。

もともと、躁うつ病という考えがあって、躁状態とうつ状態はどちらもその部分だと思われていた。純粋躁病が実際に存在するのかについては議論があるが、昔の人にとっても、一人の人間の中に、躁の時期とうつの時期があることは印象的だったと思われる。躁やうつは感情や気分の問題と考えた時期もあり、感情障害や気分障害という言葉を使ったこともあった。そんな言葉を使っても、頭の中では躁うつ病のことだなと解釈していた。

クレペリンは気分の病気は循環性経過で、認知の病気は長期崩壊性だと組み合わせた。ひらめきは認めるが、大体はそれでいいと思うが、精密に正しいとも言えないような気がする。気分の病気か認知の病気かと、循環性か長期崩壊性かとは別の問題だと切り離した方がいいと思う。

ところが、躁うつ病を調べてみると、躁とうつで対立するのではなく、双極性障害と単極性うつ病が対立するのではないかとの意見が出た。これは遺伝研究によって、双極性障害とうつ病はどうも遺伝的に違うみたいだとなった。ついでに、双極性障害と統合失調症は遺伝子としてはよく似ていることが分かった。昔からの考えで言えば、双極性障害とうつ病は遺伝子としてよく似ているべきだった。しかしそうではなかったと報告された。この報告についての解釈が間違っている可能性があると食い下がっている人もいる。それも理由のある、立派な意見だと私は思う。しかし現状で概ねの人はこの遺伝研究報告を受け入れて、双極性障害と統合失調症は近縁のひとまとまりで、それとは少し離れて、単極性うつ病が位置すると考えている。

これは大きな地殻変動だった。結局、躁うつ病は解体されて、双極性障害とうつ病が分離された。

もともと、クレペリンの時代の趣旨としては、シゾフレニーの長期崩壊型とMDIの循環型の、経過型の対立。そして症状としては主に認知領域のシゾフレニーと、感情領域のMDIが対比された。しかしこの場合、シゾフレニーでも感情領域の症状は出る、そして予後はシゾフレニーのほうが悪いので、どちらかと言えば、シゾフレニーが重症形であり、優先して診断すべきと考えられた。

つまり、感情症状はシゾフレニーにもMDIにも見られるので鑑別点にはならないのである。

そのような躁うつ病(MDI)が、DSMの時代になって、しばらくは躁うつ病の中の双極性障害とうつ病だったので、まあまあ、昔と同じと考えられていたが、DSM-5になって、躁うつ病というコンセプトは捨てられ、統合失調症、双極性障害、うつ病と並ぶようになった。並んでいるが、実際は、統合失調症と双極性障害は遺伝子として近いものであるとされた。統合失調感情症や非定型精神病などで、統合失調症と双極性障害の中間帯をカバーするものを議論している。

そんな時代になって、問題なのは、実際に診察室で、うつ状態の人がいたとして、この人は本当に単極性うつ病なのか、双極性障害のうつ状態なのか、鑑別する必要があるということだ。単極性うつ病ならば抗うつ剤を使ってよいが、双極性障害のうつ状態ならば、気分安定薬を第一選択薬として、抗うつ剤は慎重にとしているガイドラインがあるからだ。

理想的には診察室の診療だけで、双極性障害のうつ状態と単極性うつ病のうつ状態を鑑別できれば良いのだが、困難である。

たいていは、これまでの性格、行動の傾向、人生の航跡、家族内の双極性障害やうつ病の発生、気分循環、怒りっぽさ、などの情報を集めて、マニー要素がどれだけあるかを検討する。

ところが実際には子細に見れば、どんな人でも、マニー要素がゼロという人もいない。また、本人や周囲の人の証言が正しいとも限らない。となれば、マニー要素がある可能性を含めたうえで、治療開始すべきだろう。

【躁とうつは反対なのか?】

私個人としては、躁状態先行仮説で、MADKON理論提唱者なので、躁とうつが反対とは思わない。

反対という意味は、うつを決定するパラメータがいくつもあったとして、その中のどれか、単数でも複数でも、マイナスからプラスに入れ変えれば、躁になるという意味である。

まずお決まりのセロトニンであるが、SSRIでセロトニンを増やしたとき、すぐに増えるのに、うつが楽になるのは2週間後である。セロトニン減少がうつの原因とは考えにくくなり、シナプス後のレセプターのレギュレーションが議論され、そのあとはシナプス前のセロトニン・レセプターのレギュレーションが議論され、エスシタロプラムを最後としてセロトニンの薬は開発もされなくなり、マルチターゲットの薬剤開発に移行している。

SSRIを使って躁転することはある。しかしそれはセロトニンが増えたことの結果と単純に考えてよいかどうか、怪しい。セロトニンが急に増えた場合、むしろセロトニン中毒などを心配する。

さらに躁状態を改善する薬はセロトニン減少薬ではない。セロトニンレセプターに作用する薬でもない。リチウムはカルシウム系の回路に効くようだし、バルプロ酸もカルバマゼピンもセロトニン系ではない。

では躁とうつはどういう関係なのか。

【躁状態、統合失調症増悪、てんかん発作、脳血管障害、これらの後に焼け跡の修復過程を見ているのがうつ病である】

躁状態先行仮説とMADKON理論を復習すると、もともと反復刺激に対して、Manie反応を呈するM型細胞と、Anankastischな反応を呈するA細胞と、Depressiveな反応を呈するD細胞がある。MまたはAが高い細胞の場合、反復刺激に対して、時間がたてばダウンしてしまう。細かく言うと、Maのタイプではマニーの反応をして、そのあとうつになる。mAタイプでは、強迫的に反応してそのあと時間がたってうつになる。MAの場合は、まずマニー反応が起こり、そのあと強迫的反応が起こり、そのあとうつになる。メランコリー型性格と執着気質はそれぞれmAとMAに近いものである。躁状態の時に脳神経細胞はダウンして、一部は崩壊し、一部は回復する。回復する過程を我々はうつ病として観察している。

さて、統合失調症の場合にも、Post Psychotic Depression が起こる。これは躁状態のあとのうつによく似ている。同じメカニズムで起こっているものと思われる。つまり、統合失調症の急性増悪時に、神経細胞が死滅する。そのあとで、回復過程が起こる。脳由来神経栄養因子BDNF(Brain-derived neurotrophic factor)などが関与し、実際に測定されている。

統合失調感情障害の場合は、躁うつ混合状態状態と似ていて、二つの要素が混在するものである。これは火事が続いていて、一方では焼け跡の回復過程が進行しているものである。

てんかんの場合も同様である。てんかん発作の場合には脳神経細胞が障害され、失われる。発作の後でうつ状態を呈することがある。それは、発作後に、失われた神経細胞の修復過程が進行しているからである。

さらに、脳血管障害で神経細胞が失われた場合にも同様のプロセスがある。脳血管障害の後にうつ状態が発生することは観察されていて、原因としては、反応性に、先の人生を悲観してなどの理由でうつ状態になるものと、うつ状態を引き起こす特有の責任病巣があるとの考え方があった。脳血管障害特に脳梗塞の場合、どこの場所で脳梗塞が起こり、どの神経細胞が機能停止したかを知ることができる。したがって、詳細に、梗塞の場所とうつ状態を照らし合わせて、うつ状態の責任病巣を知ることができないか努力がなされた。しかし結局、責任病巣は見つからなかったと私は解釈している。人によっては特定の部位に責任があると主張している。

どこで梗塞が起きても、うつ状態が発生する可能性はある。これは上記の躁状態、統合失調症、てんかんのばあいと同様に、障害された神経細胞の修復過程がうつ状態だからである。

ここまでで、躁状態後のうつ状態、統合失調症増悪後のうつ状態、てんかん発作後のうつ状態、脳血管障害後のうつ状態について、いずれも、『火事の後の焼け跡の修復過程がうつ病として見えている』と説明ができた。

【火事としてのうつ発作の後の焼け跡修復としてのうつ病】

しかし臨床的には、最初からうつ症状しかなく、最後までうつ症状だけを呈するものがある。それをどのように考えたらよいのだろうか。

これまでは、躁状態は実際に起こっているがマイルドで気がつかないとか・睡眠中に躁状態のプロセスが終わるとかのメカニズムで説明できないかと考えた。

しかし一方で、うつ病の重症型として、妄想を呈するうつ病がある。その場合には、妄想状態の時が火事にあたり、脳神経細胞が障害されると考えた。そこからの連想として、火事に例えられる躁状態と似たものとして、火事に例えられるうつ状態が考えられる。てんかん発作にならって、うつ発作と言ってもいい。分かりやすいのでうつ発作としておく。

マニー発作の時に神経細胞が障害されることは理解できるが、うつ発作の時にどうして神経細胞が障害されるのか分からない。しかし、うつ発作の時に、神経細胞が障害されて、そのあと、細胞修復過程の時期が来て、その部分をうつ病として観察していると説明できる。

【うつ病は統合失調症、てんかん、身体病、双極性障害、うつ発作、非定型うつ発作の後の細胞修復過程を観察しているものである】

ここまで説明したことを図に従って復習する。

うつ病がなぜ起こるかについての、第一の発想は、神経回路の問題であろう。脳の場合、非常に多数の細胞があり、緊急時に機能を代替する余力もあるといわれている。したがって、ラジオやコンピュータのように、一つの素子がだめになったからと言って、うつ状態を呈するとも思えない。やはり神経回路に異常が起こっていると考えるのが自然だろう。

【障害の3つのレベル】

障害のレベルとして、遺伝子→脳神経細胞→脳回路(海馬、視床、側頭連合野、ウェルニッケ中枢などの機能のまとまり)→脳全体の機能(主に前頭葉、新しい進化部位で、他の部位をサブルーチンとして呼び出して命令する)と区別しておく。

その場合、精神病性の火事が起こるのは、細胞レベルであり、細胞は死滅したりする。統合失調症、てんかん、脳血管障害、双極性障害、うつ発作、非定型うつ発作などの場合、脳MRI画像により、各パーツの体積の減少が測定されている。これは細胞の死滅の結果である。

これら各種病態における火事の結果、焼け跡が残る。そこで回復作業が始まる。それは細胞の修復だけではなく、修復後の細胞同士のシナプスの再結合であったり、旧来細胞が新しくシナプスを形成したりなどが起こり、必然的に新しい回路の形成になる。そこではBDNFが上昇したり、炎症反応が見られたりする。回路修復とはすなわち学習プロセスと同じであるから、ここで誤った学習が起こると、各種神経症を呈する。回復過程全体にレジリエンスが関与する。我々がうつ病を診察しているときは、このレベルの、焼け跡からの回復過程を観察していると考えられる。

さらに高次の段階として脳全体の関与するうつ病がある。全体と言っても、他の部位をサブルーチンとして活用する前頭葉のような部分の病態と考えられ、ここが作動すれば、結果として脳全体が関与することになると思われる。

これは性格と環境の相互作用が主なものである。心因性うつ病、神経症性うつ病、抑うつ神経症、各種新型うつ病などがあげられる。これらは神経細胞にも、神経回路にも問題はない。ただ頭の中のはかりがずれている。そのはかりのずれは了解不可能である。ヤスパースはこの領域を了解可能と言ったのであるが、了解不可能ではないだろうか。

ここまではうつ病の範囲であるが、DSM-5で診断を緩くしてしまった結果として、いろいろな困りごと、悲しみ、怒り、休職目当ての人や金銭目当ての人が、うつ病と診断されている状況がある。ところがわれわれは厚労省の定めた規則に従って仕事をするほかはない。そのことを理解してもらいつつ診療するほかはない。