下書き うつ病勉強会#115 うつ病・双極性障害・統合失調症の脳内炎症・器質性疾患としての側面

近年、うつ病、双極性障害、統合失調症など、臨床的区分では非炎症性精神疾患である疾患について、病態への炎症性メカニズムの関与が解明され、精神疾患を身体疾患としての側面から理解することの重要性が指摘されていますね?

うつ病、双極性障害、統合失調症などは、これまで炎症所見に乏しく、非炎症性精神疾患と考えられてきました。しかし最近では炎症性所見がいろいろと見つかっています。また、うつ病などで、海馬の体積変化など、形態変化が見つかっています。さらに研究は、神経回路の変化を研究する方向に向かっています。

精神疾患が脳内炎症と関連する器質性精神疾患としての側面があることを示すエビデンスはどのようなものがありますか?

細胞が外傷や虚血性損傷、ウイルス・細菌感染、環境・体内からの侵害性物質への曝露などによってダメージを受けると、グリア細胞の一種であり脳内の免疫担当細胞であるミクログリアやアストロサイトが応答し、サイトカイン放出や貪食が起こります。それによりニューラルネットワークやシナプスが生理的に調整され、脳内の組織恒常性が維持されます。

アストロサイトなど、神経回路本体ではない細胞の関与などが研究されていて、いろいろな仮説が提案されています。Hyperintentional Personality Structure の話などがあり、論文の中では

The close morphological relations between astrocytes and synapses as well as the functional expression of receptors in the astrocytes led to the new concept of the tripartite synapse . Arague and colleagues showed that astrocytes respond to neuronal activity (neurotransmitters) with an elevation of their internal Ca2+ concentration which triggers the release of chemical transmitters (gliotransmitters) from astrocytes themselves, and, in turn, causes feedback regulation of neuronal activity and synaptic strength.

というように言及されています。

アルツハイマー病やパーキンソン病のような神経変性疾患では、神経免疫システムが異常を来していることは既知であり、ミクログリアやアストロサイトから炎症性サイトカイン(IL-1α、IL-1β、IL-6、TNF-α、IFN-γなど)が持続的に産生亢進されるなど脳内炎症が認められます。一方、うつ病や双極性障害、統合失調症などの精神疾患患者さんでは、血清や唾液、骨髄液中の炎症性サイトカインやCRP、PGE2の濃度が高値を示します。そのため、従来、器質的な原因のない中で起こる内因性の疾患と考えられてきた精神疾患の病態形成においても、脳内炎症が関与している可能性があると考えられています。また、炎症を抑える薬剤の投与により、うつ病患者さんの臨床症状が軽減するとの意見あり(これは個人的には経験していない)、モデル動物のうつ様行動が改善することが知られており、これらも精神疾患と脳内炎症の関連を示唆するエビデンスと考えられます。

脳内炎症メカニズムに関する話題は?

炎症とは感染や損傷に対して体内の組織が起こす免疫応答で、マクロファージや好中球が病原菌や損傷を受けた組織を溶解・貪食し除去する自然免疫反応や、炎症性サイトカインをはじめとするさまざまなメディエーターやT細胞、B細胞、抗原提示細胞などがかかわる獲得免疫応答が起こります。

この観点によって支持されると私が考えるのは、次のような考えです。、統合失調症の急性期や躁状態は火事であり、その後のうつ病は焼け跡である、焼け跡では回復プロセスが進行し、レジリエンスを観察することになります。

1980~1990年代に新たな炎症メカニズムが提唱され、その中で、次の3つの応答メカニズムが報告されています:

(1)抗原提示細胞はパターン認識受容体(pattern recognition receptors: PRRs)によって「感染の兆候」や「組織損傷の兆候」が察知された場合に活性化される。

(2)「感染の兆候」は外来微生物に共通で特有の分子構造、病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns: PAMPs)という形でPRRsに認識される。

(3) 非感染性の腫瘍免疫や移植免疫などにおける「組織損傷の兆候」は組織損傷に伴って細胞外に漏れ出てくる物質の分子構造、ダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns: DAMPs)という形でPRRsに認識される。

現在までに多種多様なPRRsやPAMPs/DAMPsが発見されています。

脳内細胞が非感染性のストレスにさらされると、正常であれば細胞内に留まっている分子が細胞外に放出され、前述のようにDAMPsとしてPRRsに認識されます。それに伴い、抗原提示細胞が活性化されて炎症反応を誘導し、炎症性サイトカインの発現を促進することが知られています。また、侵害性物質への曝露がない精神的・身体的ストレスであってもミクログリアが活性化され、IL-1αやTNFαの発現が惹起されることがモデル動物で観察されています。このような炎症を、細菌・ウイルス成分が引き起こす炎症と区別して、無菌性炎症(sterile inflammation)と呼んでおり、ストレスが脳内炎症を起こす要因の一つと考えられます。

と、説明しますが、簡単ではないです。

精神的・身体的ストレスが脳内炎症を介してうつ病の病態にどのように影響を及ぼしますか?

炎症性サイトカインは、脳内炎症が原因となってうつ病の多様な病態が引き起こされる際に、重要なメディエーターの一つとしての役割を果たすと考えられます。これまでに分かっている、炎症性サイトカインがうつ病病態に及ぼす影響として多くの報告がなされていますが、例として次のようなものが挙げられます:

(1) 炎症性サイトカインの作用により、キヌレニン代謝においてIDO(indoleamine 2, 3-dioxygenase)などが活性化されてセロトニン産生が減少し、神経細胞障害性物質であるキノリン酸の産生が亢進する。

(2) 炎症性サイトカインによりセロトニントランスポーターが活性化されてセロトニンが不足し、うつ病の悪化につながる。

(3) 炎症性サイトカインがNMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体サブユニットの構造を変化させ、キノリン酸のNMDA受容体刺激作用と相まってグルタミン酸作動性神経興奮毒性やアポトーシス、神経変性を誘導し、神経細胞新生を抑制する。

(4) さまざまなストレスに対応する生体反応として視床下部-下垂体-副腎系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis: HPA axis)が知られている。炎症性サイトカインはHPA axis を活性化してグルココルチコイドの過剰な分泌を誘導し、主に海馬に存在し神経保護の役割を持つBDNF(brain-derived neurotrophic factor)の発現量を低下させ、神経細胞新生を抑制する。

うつ病患者において、こうした炎症性サイトカインによる神経変性や神経細胞新生抑制が慢性化し脳の変性が進行するとアルツハイマー病発症のリスクが高まる可能性が示唆されています。

それぞれの炎症性サイトカイン作用経路が病態形成にどの程度寄与しているかについては分かっていませんが、うつ病をはじめとする精神疾患の長期予後を予測し改善するうえで炎症は着目すべき現象と考えられます。

BDNFの低下や細胞新生抑制は回復過程を阻害するものです。だからうつ病なんだ、うつ病なんだからそうなんだという考えもありますし、逆に、うつ病は焼け跡の回復期なんだと考える場合には、そうした観察は回復プロセス本体ではなくて、火事の残存だといいたくなります。うつ病療養時にはBDNFの増加や細胞新生促進が起こっていれば、本当は回復に役立つはずですが、まだ考察が必要です。

脳内炎症をターゲットとした新しい精神疾患の診断・治療

精神疾患患者さんの症状を改善するためには、患者さんの状態を正確に評価することが必要です。一方、精神疾患は個人の体質・特性や時々の状態により多様性を示す疾患です。病態の心理社会的側面を把握することに加え、身体的側面を評価する技術の向上が望まれます。技術向上に向けたアプローチの一つとして、血中サイトカイン濃度等の炎症性所見を客観的指標として脳内炎症が関与する程度を捉えることができれば、患者さんの状態把握、状態に合わせた薬剤選択や治療法の選択などの助けになるのではないかと思います。炎症性サイトカインの測定は現在のところ研究レベルですが、臨床的な有用性が評価され安価に測定できるようになれば、精神疾患の客観的指標として臨床の場での応用が期待できます。

炎症性サイトカインを指標とした精神疾患の鑑別については、血中サイトカイン濃度が精神疾患全般にわたって上昇傾向にあるため難しいのが現状です。しかし、脳内炎症が起こるタイミングや脳領域には疾患特異性があると思われるので、精神疾患の鑑別には血中炎症性サイトカイン以外の客観的指標を用いたさまざまな方向からのアプローチが可能性としてあると思います。

がんゲノム医療では、遺伝子の変異に基づいて、より効果が高い治療薬を選択することが可能となり、患者一人一人にあった個別化医療が可能となってきました。一方、精神疾患の病態に遺伝子多型が及ぼす影響は限定的で、うつ病の発症や状態を個人の遺伝子多型のみで予測できる範囲は非常に限られています。しかし、ゲノム情報とその時々の患者さんの状態に関する客観的情報を併せて評価することで、ある程度臨床的に有用な形で病状を客観評価できるようになるのではないかと期待しています。

遺伝子と進化と変異

遺伝子研究で思ったほど画期的な成果が出ず、むしろ謎が深まった感じがしているのですが、エピジェネティクスなど、遺伝子についてももう一段深く肉薄する必要があると思います。

しかしながら、客観的な病気マーカーはあったとしてもなかったとしても、本人や周囲が困っているならば、それは何とかしたいものです、できる範囲で。逆にマーカーが病気を示していて、本人も周囲も困っていないとき、予防的な意味があるとしても、積極策もとりにくいでしょう。

思うのですが、脳はこんなにも複雑なのに、それに比較して、脳の病気や精神の不調は、種類が少ないように感じます。先天的な脳神経回路の異常は常にたくさんあるはずで、ここが進化の焦点ですから、当然、変異が多いわけで、その中には不具合なものも含まれているはずなのですが、我々が病気として認識して治療を考えるケースは、さまざまの変異の中のごく一部であって、それは不思議な感じがします。

進化論的なバリエーションが分かりやすいものとしては、外性器や耳たぶなどがあると思いますが、外性器は淘汰圧がかかる、耳たぶは淘汰圧がかからない、そうした条件下で進化・淘汰が進行していきます。脳も進化の圧力がかなりかかっている部分であり、常に新しい変異が生じているはずです。デジタルデプレッションとかデジタル双極性障害というタイトルの論文もあります。

変異の多くに我々は気がつかない。マイルドな変化は、性格傾向として見られる。生活に不都合な変化は病気として扱われる。でも、遺伝子とか脳神経回路の問題として見れば、単に普通の変異が起こっただけで、異常はない。ただ、環境と適合しないので、苦しくなることがある、そんな事情のことが多いと思う。