下書き うつ病勉強会#140 うつ病と睡眠障害と治療-2

我が国では24 時間社会、夜遅くに及ぶ家事や仕事、IT 機器の使用過多などで日常生活における睡眠は重要視されているとは言い難い。多くの人が睡眠に問題を抱えている。
気分障害と睡眠障害は相互に深く関係しており、睡眠について聴取することや適切な睡眠衛生指導など、睡眠の問題に積極的に介入していくことはうつ病の予防、あるいはうつ病からの速やかなリカバリーに重要である。
睡眠障害と抑うつ症状は相互に影響し関連が深いことから、日本うつ病学会によるうつ病治療ガイドラインは 1 章を割いてうつ病患者の睡眠障害について記載している。うつ病に伴う不眠に対して積極的な加療が望ましく、また概日リズム睡眠・覚醒障害、閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea : OSA)、むずむず脚症候群(restless legs syndrome : RLS)などの睡眠障害も抑うつ症状と関連があるため、評価と対応が必要である。
うつ病患者において睡眠障害は初期から高頻度にみられる症状であり、大うつ病性患者では 8 割以上に不眠を認める。従来はうつ病の「症候」として捉えられてきた。近年は不眠はうつ病の「併存症」としてもあり得るとの考え方に変わりつつある。
不眠の内訳としては入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒、熟睡感欠如などがあり、日本の一般人口を対象とした調査では、この順にうつ病との関連が高い。
うつ病患者の睡眠ポリグラフ検査では睡眠潜時(就寝から入眠までの時間)の延長、睡眠維持の不良(中途覚醒)、深睡眠(徐波睡眠)の減少、REM 睡眠潜時(入眠からREM 睡眠出現までの時間)の短縮が報告されており、特に深睡眠の減少や REM 睡眠潜時の短縮による REM 睡眠圧の上昇は大うつ病性障害などの気分障害との関連が強い。
過眠は不眠よりは頻度が低く、大うつ病性患者の27%にみとめられる。過眠は特に女性や冬季うつ病、非定型うつ病で多くみられ、DSMではうつ病の診断基準に不眠と並んで含まれるほか、非定型うつ病の診断基準の一つとなっている。双極性障害のうつ状態でも過眠がみられる。
不眠をベースに考えた場合、先行する不眠がある人は、ない人に比べて大うつ病性障害を後に発症する確率が2〜3倍高いという報告がある。また日本における 65 歳以上を対象とした疫学研究においては、入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒などの不眠症状の中でも特に入眠障害が3年後のうつ病リスクと関連したという報告がある。
うつ病に伴う不眠は、うつ病の改善と共に軽快することが多い反面、うつ病の寛解後に “残遺”することもしばしばある。うつ病の残遺症状で不眠は最も頻度が高く7割を超えると報告されている。不眠の残遺はうつ病の再発のリスクを高める。うつ病に伴う不眠を改善することがうつ病そのものの改善にもつながる。
うつ病における不眠は、うつ病の経過に従属するという従来の見方から、うつ病と不眠は相互に影響しつつ独立した経過を持ち得ると捉えられるようになっている。最新のDSM-5において不眠が「不眠障害」と記載され、他方で、“原発性不眠症”もしくは“二次性不眠”という用語が廃止されたのは、うつ病をはじめとする心身の疾患と不眠とのこうした関連が明らかにされた事による。
概日リズム睡眠・覚醒障害とは、生体の概日リズムを外界のスケジュールに同調できない睡眠障害の総称である。その代表である睡眠・覚醒相後退障害(delayed sleep-wake phase disorder:DSWPD)では、入眠・覚醒の時刻が望ましい時間より後退し、起床困難や日中の眠気により社会適応の悪化をきたす。頭痛、倦怠感、意欲の低下、抑うつ感などの心身の症状を示すこともある。DSWPD の 6 割以上が疲労感や精神運動抑制などの症状を有するうつ状態であったという報告がある。

うつ病を含めた気分障害、強迫症、注意欠如・多動症、その他の神経発達症などの精神疾患を持った患者で睡眠相後退を含めた概日リズムの乱れを生じる。また双極性障害の患者において概日リズム睡眠・覚醒障害の併存が気分エピソードの早い再発と関連していた。
閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea : OSA)とは、睡眠中に上気道の閉塞による無呼吸・低呼吸が繰り返し生じ睡眠の質が低下する疾患である。熟睡感の欠如、日中の眠気、倦怠感などの症状を訴え、しばしばうつ病の症状にも類似する。OSA は日中の眠気や認知機能低下による機能障害によりうつ病を悪化させる。またうつ病患者では向精神薬使用による体重増加、睡眠薬の使用による筋弛緩作用などによりOSAを来しやすい。うつ病患者に OSA が合併する頻度は一般人口より多く、OSAに対する持続性陽圧呼吸(CPAP)の治療により、うつ病と診断された群とそうでない群のいずれにおいてもうつ症状が改善したというメタ解析の報告がある 。
むずむず脚症候群(restless legs syndrome : RLS)とは四肢(多くは下肢)に生じる不快感から四肢を動かしたい欲求を生じる疾患である。入眠障害や中途覚醒の原因となり、日中の眠気や倦怠感なども生じ得る。RLS 患者におけるうつ病の合併率、うつ病患者における RLS 合併率はいずれも対照群より高く、RLS の重症度とうつ・不安症状に正の相関関係が認められている。RLSの治療を行うことでうつ症状が改善したという報告もある。一方、抗うつ薬が RLS もしくは関連する周期性四肢運動を増悪させ得ることも報告されている。
不眠に対する認知行動療法(cognitive behavioral therapy for insomnia:CBT-I)や睡眠薬併用により不眠を積極的に治療することでうつ症状も改善する。うつ病に伴う不眠であっても、不眠障害と同様に、不眠のタイプや日中の機能障害の度合いなどから重症度の評価を行い、それに応じて睡眠衛生指導、CBT-I、薬物療法を行う。うつ病の残遺不眠に対しても CBT-I が有効である。
過眠については系統的な治療指針はない。冬季うつ病においては高照度光療法が抑うつ気分とともに日中の眠気を改善させるという報告がある。
抗うつ薬の選択においてはセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)では中途覚醒が増加すること、ミルタザピンは RLS や周期性四肢運動障害の誘因となる可能性があり、また体重増加を介したOSAにも注意が必要となる。うつ病治療中に夜間の異常行動が見られた際は、抗うつ薬に誘発されたREM 睡眠行動障害、睡眠導入剤による睡眠時遊行症も疑う必要がある。
回復期のうつ状態・うつ病では、自記式の睡眠日誌を用いた睡眠覚醒リズムのモニタリングにより、患者の状況に合わせた細かな睡眠衛生指導、薬剤の見直しなど行うことで速やかな社会復帰を促す。不眠やリズムの異常などが遷延する場合は、前述のようにうつ病と関連する不眠以外の睡眠障害や薬剤に誘発される睡眠障害を疑い、さらなる睡眠状況の聴取や終夜睡眠ポリグラフ検査(polysomnography:PSG)などを行い、治療方針の見直しが必要である。
夜間の呼吸停止やいびきが聴取される場合はOSAを疑いPSGを行う。OSAがある場合、多くの睡眠薬は筋弛緩作用によりOSAを悪化させるため、治療としては避けるべきである。また入眠困難や夕方から夜間にかけて足に虫が這うような違和感がある場合はRLSを疑う。RLSはPSGを行わなくても、病歴聴取によりRLSの診断基準を満たせば診断できる。RLSを疑う場合、ミルタザピンは RLSを誘発する可能性があるため避けた方がよい。急性期に用いた薬物がそのまま継続されている場合もしばしばあり、維持療法に必要な薬剤以外は整理する。