下書き うつ病勉強会#180 アセチルコリン

アセチルコリンは、おもに筋肉を動かす末梢神経と筋肉の接合部ではたらく伝達物質です。じつは筋肉だけでなく、脳の中でもはたらきを持っていて、とくに大脳皮質や海馬と呼ばれる脳部位の情報伝達に関与しているという報告があります。すなわち、学習や記憶に重要なはたらきをしているようなのです。

 中脳から大脳にかけて前脳と呼ばれる部分がありますが、アセチルコリン作動性ニューロンの核は、前脳基底部に存在する内側中隔核とマイネルト基底核と呼ばれる部分です。

アセチルコリン作動性の広範囲調節系。内側中隔核とマイネルト基底核から矢印の方向へアセチルコリン作動性ニューロンが連なって伸びていき、脳の広範囲にアセチルコリンを拡散している 『脳を司る「脳」』より

 内側中隔核のアセチルコリン作動性ニューロンは、脳波のペースメーカーとしてはたらいていることが知られています。マウスやラットでは、探索行動時にシータ波と呼ばれる脳波が観測され、それは作業記憶に関連していると考えられています。

 さらに、シータ波はレム睡眠時にも見られます。作業記憶と睡眠は一見関係ないように思えますが、脳内では、作業記憶のような短期記憶は、睡眠中に長期記憶として変換されているという考え方があるため、一時的な記憶が長期記憶として定着するのに、シータ波が何らかの役割を果たしていると考えられているのです。アセチルコリンは、このシータ波のリズムの発生に重要であることが報告されています。

アセチルコリンの動態に障害が生じるとどうなる?

 アセチルコリンは、前述のとおり学習や記憶に重要な役割を果たしていることがわかっています。さらに、最終的にアセチルコリンを受け取る受容体のはたらきが長期間にわたってより効率的になることが、学習や記憶の分子レベルでのメカニズムではないかと提案されています

 一方、大脳皮質や海馬の細胞外スペースにおけるアセチルコリンの放出や分解、細胞内でのアセチルコリンの再合成の異常などが、アルツハイマー病と関連することが知られています。

 アルツハイマー病は、注意や学習などの認知機能の低下や記憶障害などが認められる脳疾患です。

 その原因や具体的な治療法はいまだによくわかっていませんが、アルツハイマー病の患者の脳組織では、細胞内外にアミロイドβ(ベータ)と呼ばれるタンパク質の蓄積や沈着が見られること、細胞内に過剰に化学変化を受けたタウと呼ばれるタンパク質が線維状になって蓄積すること、大脳皮質や海馬で神経細胞死が見られること、糖代謝や血流の低下が見られることなどが報告されています。

 過去の研究から、アセチルコリンを受け取れなくなる薬を投与すると記憶学習の障害が起きることや、アミロイドβがアセチルコリンの分泌を抑制することから、アセチルコリンが認知症に何らかのはたらきを持っていると考えられてきました。

 一方、アセチルコリン作動性ニューロンの核がある内側中隔核やマイネルト基底核を破壊しても、アルツハイマー病のような劇的な障害が見られず、その因果関係は謎のままでした。現在では、大脳皮質や海馬におけるアセチルコリンの放出や分解、再合成などの総合的な異常が認知症の原因となると考えられ、さらなる研究が進められています。