アンガーマネジメント

 日本の職場が不機嫌だ。上司も部下も、取引先も、いつ新型コロナウイルスに感染するかもしれない不安を抱えている。ささくれだった感情が湧いてきても不思議はない。以前なら辛抱できた相手の言動にも、思わずキツい言葉で返してしまい、テレワーク中であっても怒りの総量は減ることがない。「コロナブルー(うつ)」職場でパワーハラスメントを避けるには、どう感情をコントロールすべきか。

怒りを感じたら「まず6秒やり過ごす」

 ――新型コロナウイルスの感染収束が見えてこず、職場のコミュニケーションでも売り言葉に買い言葉のようなケースが、まま見られます。

 「アンガーマネジメントでは、怒りを感じたら、まず6秒間やり過ごすことを勧めています。カチンときた時の衝動的な行動がパワハラ行為に直結します。パワハラ防止措置を義務付けた6月施行の『改正労働施策総合推進法』は(1)職場の優越的な関係にある者が(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動によって(3)就業環境を害する――とパワハラを定義しています。怒りに任せて行動しないためのテクニックがアンガーマネジメントです」

 ――ただ現実には、たった6秒では怒りが収まりません。

 「感情を静めるのでは無く、怒りが生まれてから理性が働き始めるまでの時間が6秒なのです。怒りはエネルギーが強い感情なので、アンガーマネジメントのスキルを使って対応するのが効果的です」

 ――6秒間をやり過ごすためのテクニックはあるのでしょうか。

 「怒りを数値化する『スケールテクニック』が代表的な手法です。全く怒りを感じてない段階を0点、人生最大級の激しいものを10点とします。ユーザーからの理不尽なクレームは6点、会議で持論を全否定された時は3点というように怒りを感じたら点数を付けていくのです。また怒りは幅の広い感情であることが分かります。点数を付けることに意識を向けている間は、怒りにまかせた衝動的な行為はできなくなります。日々実践していくと、客観的に怒りを把握できるようになります。実際にある企業で推奨し、職場のメンバー全員で取り組んだところ、不機嫌な職場が改善されたケースもありました」

 ――より簡単なテクニックはありますか。

 「心が落ち着く言葉を頭の中で言い聞かせる『コーピングマントラ』、数を逆から数える『カウントバック』、真っ白な用紙などを見つめて思考を止める『ストップシンキング』などの方法があります。一番シンプルな方法は深呼吸ですね」

 ――怒りにくくするためのテクニックはあるのでしょうか。

 「自分の怒りの内容を冷静に分析することで、体質改善のように怒りにくくなることは、可能です。代表的なテクニックは怒りを記録する『アンガーログ』です。怒りを覚えたら日時・場所・出来事・怒りの数値をメモします。その都度忘れないうちに、しかも分析は後回しにして取りあえず事実を書き留めておきます。ある程度続けていくと、自分の怒りのパターンが見えてきます」

 「さらにアンガーマネジメントでは、怒りを感じている状況はコントロールできるのか、できないのか、自分にとって重要なのか、そうでないのかを分類する『ストレスログ』、無意識に繰り返している悪循環のパターンを崩す『ブレイクパターン』、怒りの元になるコアビリーフを書き出してみる『べきログ』、小さな事でも成功体験を記録する『サクセスログ』などの手法があります。ダイエット法にさまざまな手段があるようにアンガーマネジメントも自分にとって一番合った方法を選ぶと良いのです」

 ――新型コロナの感染拡大で、リモートワーク勤務も「新常態」(ニューノーマル)の働き方として定着してきています。しかしオンライン会議で部下がくだけた格好で出てくるのに不快感を覚える管理職は少なくありません。

 「リモートハラスメントという新語が生まれたように、相手と距離を置いても怒りの感情が減ることはありません。オンライン会議の服装を注意すること自体はリモハラではありません。しかし『何だその服は だらしない! 』などと抽象的に叱るのではなく、『取引先とオンラインで商談するケースもあるのでTシャツでは無く襟のあるシャツを着て参加してほしい』など具体的に注意しましょう」

 ――部下の家の内部が見えてあれこれ言いたくなるケースもあるようです。

 「そこは全く個人のプライバシーに属する領域です。リモハラの可能性が大です」

 「アンガーマネジメントは怒る必要があることと、必要の無いことを見極め、線引きができるようになりましょうというものです。自分にとって許せるゾーン、まあ許せるゾーン、許せないゾーンの境界線を明確にして関わる職場の上司や部下にも具体的な言葉で伝えるようにすればパワハラを犯す可能性は激減します」

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経営トップに必要な3つのポイントがある。第1は「怒りは高い所から低い所へ連鎖する」法則だ。上司から怒られた社員は、上へ跳ね返さずに部下に向かっていく、部下はまた後輩に…と続いていく。怒りは伝染する。矛先を固定できずに八つ当たりになるケースもしばしばだ。働きがいのある社風を作るのはトップのアンガーマネジメント次第ということになる。

第2に「他人の怒りは管理できない」という法則も大事だ。怒りが生じるのは、個々人にとって譲れないコアビリーフ(価値観、信条)が破られた時だ。そこを見極めてから話し合い、説得すれば道が開けてくるという。

第3に欠かせないのが「聴く力と共感力」。怒りの裏側には不安、心配、困惑、落胆などのネガティブな感情が潜んでいる。「不安だったね」と共感を示すことが効果的だ。「相手の感情に寄り添いながら、いったん話を聴いてみるトップの姿勢が、組織を守ることにつながる」。