任命拒否の学者が語った「核心」 軍事との根深い問題
佐藤武嗣
日本の外交・安全保障政策を立体的に捉える
「ついに来たか」――。日本学術会議の会員候補6人の任命を菅義偉首相が拒否したニュースに接した時、そう思いました。というのも最近、外交・安全保障に関わる政府関係者や専門家と意見交換していると、「学術会議」が随分とやり玉にあげられていたからです。
「科学者は軍事研究にどのようにかかわるべきか」
大戦中、国家権力によって科学者が動員され、戦争に協力した過去を反省して誕生した学術会議。今回の任命拒否も「科学者と軍事研究」の問題が横たわります。任命を拒否された学者の記者会見にも足を運んでみました。
◇
安保法制や特定秘密保護法に物言う学者を、政権側が嫌って除外したという側面もあるのでしょう。ですが、その奥には国家権力と科学者の間にもっと根深い問題があるように思います。
任命を拒まれた6人の学者が10月23日、日本外国特派員協会で意見を表明しました。会場に来られず、ウェブを通じて、マスクをしながら会見に臨んだ芦名定道・京都大教授が、任命拒否問題の「問題の核心」として語ったのが、「軍事研究」をめぐる政府との対立でした。
「政府は大学で軍事研究を推進したい。それに(学術会議は)明確に反対声明を出した。戦前における学術と戦争の関係への反省に基づいて、今の学術会議ができている」
芦名教授のいう声明とは、2017年に学術会議が出した「軍事的安全保障研究に関する声明」を指します。「学術研究がとりわけ政治権力によって制約されたり動員されたりすることがあるという歴史的な経験をふまえて、研究の自主性・自律性、そして特に研究成果の公開制が担保されなければならない」とし、「政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある」と、軍事研究への関与に警鐘を鳴らしました。
そもそも敗戦直後の1949年に設立された学術会議は「発足にあたって科学者としての決意表明」で、日本の科学者が戦争に動員され、協力したことを「強く反省」するとして、産声を上げました。
「反省」とは、戦中、軍部が科学者は「研究が国際的に、あるいは自由的過ぎる傾向がある」「個人主義に傾く」として、研究の自由や発表の制限を提案、大学の医学者を陸軍防疫給水部隊(後の731部隊)に取り込み、細菌兵器の開発にあたったことや、原爆開発、殺人光線なども研究した過去があるからです。
50年には「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意」を表明。米軍による日本の大学研究者への資金提供が明るみに出た67年にも「科学者自身の意図のいかんにかかわらず科学の成果が戦争に役立たされる危険性を常に内蔵している」との危機感から、「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を出しました。
◇
戦後、「科学者と軍事研究」に警鐘を鳴らしたのは、なにも日本だけではありません。
ノーベル物理学者のアルベルト・アインシュタインは戦中、対ドイツ戦で原爆開発を当時のトルーマン大統領に進言し、後に日本への原爆投下を知ってざんげ。55年に、英国の数学者で哲学者のバートランド・ラッセルと共に、核戦争の恐るべき危険を最もよく知る科学者こそ、核兵器廃絶のために誰よりも積極的に努力すべきだとの科学者の社会的責任を強調した「ラッセル・アインシュタイン宣言」を出しました。
それでは、なぜいま、再び「科学者と軍事研究」が注目されたのでしょうか。
「科学者と軍事研究のあり方をどのように考えるのか」。日本外国特派員協会での記者会見で、筆者は任命拒否された学者にこう質問してみました。
芦名教授は、政府・自民党が問題視した2017年の学術会議の声明を出したきっかけについて「(防衛装備庁が導入した)『安全保障技術研究推進制度』に起因する」と語りました。
この制度は、防衛装備の技術発掘のため、政府の防衛装備庁がその研究を支援する目的で15年につくったものです。その年度の予算は3億円でしたが、自民党国防部会の強い要請を受け、17年度予算は30倍超の110億円を積んで軍事技術への研究協力を学術界に促しました。
学術会議の17年声明は、こうした政府による「軍事研究」への誘い水に危機感を募らせたものでした。
研究進める米中、自民党の危機感
一方、大学などの軍事研究促進を狙っていた政府・自民党も、この学術会議の出した声明に危機感を強めました。
というのも、学術会議の声明が出た17年から、大学側から防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度への応募件数が激減します。15年度には大学からの応募件数は58件で全体の半数を占めましたが、2020年度の大学からの応募件数はわずか9件。全体の1割にも満たなかったのです。
任命拒否問題が明るみに出る前、防衛相経験者は「学術会議が日本の軍事技術の発展を妨げている」と筆者に語っていました。
自民党の甘利明・税調会長もブログで「日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の『千人計画』に積極的に協力しています」と学術会議を敵視。事実誤認だと指摘され、後に「間接的に協力しているように映ります」と表現を修正したことが話題になりました。
政府・自民党が「軍事研究」に力点を置く背景には、米国と中国の存在も大きく影響しています。
米国では国防総省と軍需産業による「軍産複合」が強化。大量の研究資金を軍需産業に注ぎ、最先端の軍事技術を開発しています。軍事技術に多額の投資ができない日本は、こうした最先端の米国製武器の購入を余儀なくされています。
一方、中国は、民間技術や情報までも軍事利用に総動員する「軍民融合」を加速して、人工知能(AI)やビッグデータ、無人システムなどの最先端の軍事技術に心血を注いでいます。
こうした動きに日本だけが取り残されてよいのかとの危機感があります。
地雷探索技術がお掃除ロボに
さらに最近では、軍事技術と民生技術の垣根がなくなりつつあります。
軍事技術から民生に転用された例として、インターネットのほか、地雷探索技術が家庭のお掃除ロボに活用されました。逆にAIや宇宙開発などは民生から軍事技術に転用されています。
学術会議の内部でも、「民生的研究と軍事的安全保障研究との区別が容易でないのは確かだ」との議論がありました。17年声明時に会長だった大西隆・東京大名誉教授も、自衛目的の研究までは否定されないとの個人的見解を示し、インタビューでも、防衛装備庁の安全保障技術推進制度に関し、「声明では応募がダメだとは書いていない」と語っています。
ただ、学術会議が懸念するのは、防衛装備庁が呼びかける制度に応じれば、研究内容が機微に触れるため、公開を制限されたり、政府による研究への介入を招いたり、あるいは一部の技術が「秘匿」扱いになることで、民生技術応用への妨げになるのではないか、ということがあります。
学術会議側の「危機感」も、政府・自民党が抱く「危機感」もそれなりに理解できます。であれば、相互の懸念を払拭(ふっしょく)すべく議論を尽くせばよいと思うのですが、菅首相がとった対応は最悪の選択でした。
政治権力が介入、募る相互不信
人事権を盾に、学術会議が最も避けなければならないとする「政治権力による介入」を演じてしまいました。これには、安全保障分野への技術研究に多少理解を示していた大西元会長ですら、菅首相の対応を批判しています。
大戦中の「科学者と軍事研究」の教訓とは何でしょうか。「学問の自由」を奪うことを突破口に、国民の「言論や思想信条の自由」を奪い、権力への批判を封じ込めてきた歴史です。
政府・自民党では学術会議のあり方を「改革」する議論をしようと躍起です。しかし政府と学術会議側の信頼関係が著しく崩れたいま、相互不信が募り、まともな議論にはならず、「権力の介入」のみを印象づけることになるのではないでしょうか。
◇
日本学術会議における「科学者と軍事研究」のほか、日本の防衛装備調達の問題点や最先端の軍事技術を扱った記事を紹介します。
1本目は筆者の記事ではありませんが、日本の大学に米軍の資金が浸透している問題を解説。2本目は日本政府による米国製武器の「爆買い」、3本目は最先端の軍事技術をめぐる各国の攻防についての記事です。
●(MONDAY解説)学術会議は軍事研究を否定したけど 米軍資金浸透、揺れる大学
●米国製武器を「爆買い」 自衛隊、いびつな装備体系に
●まるでSF、AI兵器が目前に 米国と同盟の日本は?