反抗期についてのいろいろな意見

「反抗期の子供に暴言を吐かれた保護者が、死ぬほどショックを受けてしまうことがあります。学校の先生たちは毎年そういう変化を見ているので、おおらかに構えていられますが、一般の親御さんはそこまで達観はできません。」

「『くそばばあ』とか『死ね』とか言われてそこでニコニコしているのも変ですしねえ。多少血相変えることも必要なんやろうとは思いますけど。生身の感情でぶつかり合うことも必要ですから、『どこがくそばばあなの。あんた親に向かってよくそんなことが言えるね』くらい言っていいし、言うべきだろうと思います。

「ぜんぶ余裕かましてスルーしていたら、子供からしても真剣に付き合ってもらえていないと感じるでしょう。ただ、子供も本気で言っているわけじゃないと受け止める余裕はほしいですね。それでいちいち落ち込んでいたら、あなたその歳になるまで人生で何を学んできたのという話です」

「方法論はそれぞれだと思うんですが、逃げないということですよね。スルーはダメだよね。子供なりに発信しているわけですからね。その信号を上手く受け止めてあげないと。受け止め方はひとそれぞれでいいと思いますけれど」

「ごまかさないことが大事ですね。話は聞くし、違ってたら違うよって言うし。まあ、すごく根気よく説明する先生もいますし、私なんかはダメなものはダメだから自分で考えなさいと言うタイプです。あるいは本当にこちらが間違っていたら、『悪かった。違ってた』と認めるし」

「同じ土俵には立たないほうがいいですよね。向こうも悪いことはわかったうえで言っているんですから。そこで親もパニックになってエスカレートして、家庭内暴力に発展しちゃうというケースもありますが、それでも親の目が覚めれば、子供も目が覚めて、両方成長するんです」

子供が暴言を吐くときには、大人のリアクションを見ているわけです。「そんなこと言っちゃダメでしょ!」と言ったって、そんなことは子供だって最初からわかっています。それよりは、暴言を吐かれたときの手本を見せるべきではないかと私も思います。すなわち、暴言を吐かれても過剰に反応せず、涼しい顔をして自分を失わない大人の姿を見せることのほうが教育的な効果が大きいということです。

そんなことを言うと、「ひっぱたいてでも徹底的にしつけなきゃだめだ」と言うひともいそうではありますが……。

「うーん、それは結局同じ土俵に乗っちゃうってことでしょう」

ひとは正しいことをやり抜く強さをもったひとに威厳を感じるものです。間違えたら素直に謝る、感謝の気持ちをもつ、思いやりを発揮するなどができるひとです。「子供になめられてはいけない」と、つい怒鳴ってしまったりするのは、大人自身に自信がないからにほかなりません。子供を恐れているからです。それでは、子供も不幸です。

同じレベルに立つと喧嘩にしかならないじゃないですか、『言葉遣いくらいは気をつけよう』とか優しい感じで充分だと思いますので、余裕をもって接してもらえればと思うんですけどね」

「いわゆる中3とか高1の反抗期を迎える子が出てくると、自分の手元から離れていく、すごくさみしいってよく言わはるんで、それは親としても乗り越えなきゃあかんところで、そのさみしさを乗り越えてまた違う愛情みたいなものが出てくるっていう言い方を何度かしたことはあります」

「最近の子供たちは優しいんですよね。反抗しないですからね。『反抗期がないんですよ』と自慢げに語る保護者のなんと多いことか。反抗期がないことが自慢になるのかと……」

「反抗期がないということは壁にぶつかったことがないということでしょう。でもいつか絶対に壁にぶつかるじゃないですか。そのときにうまく対処できなくなるという心配がありますね」

「壁になっている親というのが少なくて、やっぱり友達に近い親子関係が増えています。だから反抗期が少ない。この 20 年くらいの傾向かなと思います。反抗期にすべきだったことはいったいどこに消えているんだろうというのは気になります。子供も親の言うことをよく聞くので、親がコントロールしやすい面もあります。親もいろいろ学習していますしね、子供を上手に操作する方法を」