カナダから見た東京五輪

採録 カナダからの報告
東京五輪開催に懐疑的なカナダ 古参IOC委員のアルマゲドン発言は「カナダの恥さらし」

<5月中旬に行われたカナダの世論調査によれば、「東京五輪にカナダの選手は出場すべきではないと思う」と答えた人は42%、「出場は安全だと思うか」という質問に対しては46%の人が「いいえ」>

「カナダで殆ど報道されず話題にも上らない東京オリンピック・パラリンピック」を書いたのが3月1日。

あれから3カ月、カナダでも東京オリンピック・パラリンピックの報道は増加した。その殆どが「開催されるか否か」「安全か否か」だ。

既に大会まで2カ月を切っているのに、いまだに開催されるかどうか安全かどうかがuncertain(不確実)なのだ。

カナダでも「パンデミックなのにオリンピックをするのか?」という疑問と葛藤が存在している。

2020年3月、ICOのアスリート委員であるヘイリー・ウィッケンハイザー氏(6回オリンピックに出場し金メダルを4個持つ元アイスホッケー選手。2021年5月にメディカルコースを修了し’ドクター’となった)は自身のtweetで「この危機(コロナ禍)はオリンピックより巨大です」「IOCがオリンピックを強固に進めると主張しているのは、人類の今の状況を考えると無神経で無責任なことだと思います」と述べ開催延期のきっかけを作った。しかし、IOCや周囲はこの彼女の発言に「ハッピーではなかった」らしい。

陸上競技のチャールズ・フィリベルト=ティブートット選手はウィッケンハイザー氏の発言を受けて「人々は、本当に打撃を受けている。事業を営んでいる人たち、解雇される人たち… それなのにIOCは『まだ大会を開催する』と言っている。無神経だと思う」、「もっと大きな問題は、人々の健康や安全をIOCはあまり配慮していないところだ。選手は苦労しているが、私たち以上に苦労している人はたくさんいる」と選手という立場でありながら、コロナの危機に際してオリンピックは最優先されるべきではないことを指摘。[参照: ‘Insensitive and irresponsible’: Hayley Wickenheiser calls out IOC decision on Olympics|Global NEWS]

結果としてカナダIOCが「2020年の夏に予定通りに開催されるのであれば参加しない」と発表、これに賛同する国が現れ、開催延期の運びの糸口となった。

そして2021年の4月、再びヘイリー・ウィッケンハイザー氏は「オリンピックの決定は、IOCではなく(オリンピックの利権に関わらない)医療の専門家であるべきだ」と発言。大会に注ぎ込まれたトレーニング、準備、資金は理解できるが、最終的には「安全性と公衆衛生を重視すべき」、「大会を開催するのであれば、非常に明確で透明性のある説明がなされるべき」とCBC(カナダの公共放送局)に語っている。[参照: Hayley Wickenheiser again sounds alarm, saying wrong people making decision on Olympic Games|CBC]

5月19日にはトロント大学の感染症疫学者であるコリン・ファーネス氏は「世界的なパンデミックの際の最悪な行動は、世界中から大勢の人が一箇所に集まり、密集して混ざり合い、また戻ってくることだと思います」と発言。[参照: ‘Risks just too high’: Calls grow to cancel Tokyo Olympics amid Japan’s COVID-19 surge|Global NEWS] オリンピック開催は、まさにこの『最悪な行動』に当てはまる。

つまり、カナダはパンデミックの中でオリンピックを行うことにかなり懐疑的だ。

一方でIOC委員のディック・パウンド氏は、IOC会長のトーマス・バッハ氏が6月の日本訪問を中止したにもかかわらず、「東京オリンピックは予定通り開催される」と述べている。[参照: IOC’s Dick Pound says Tokyo Olympics to move ahead despite pandemic concerns|CBC]

同じIOCでもアスリートから選抜されたICOアスリート委員でありヘイリー・ウィッケンハイザー氏は医学の知識とサイエンスに基づき人々の健康と命のリスクを考慮した発言をしている。一方で、古参IOC委員のディック・パウンド氏は「菅首相が中止求めても開催」「アルマゲドンない限り五輪開催」など傲慢な発言を繰り返している。まさに対極である。カナダで圧倒的支持を誇るのはヘイリー・ウィッケンハイザー氏だ。日本では森元会長を辞任に追い詰める一端となったtweet「この人を絶対に追い詰める」が有名。同時に彼女の『政治的意図を無視する姿勢』は利権絡みの人々からは疎まれやすい。ディック・パウンド氏のオリンピック強行開催発言はカナダ国内でさえ「傲慢なIOCの象徴」「カナダの恥さらし」と嫌悪感を示す人が多かった。一方で彼の発言はIOCの横柄さを表しているのでメディアには重宝されているように思う。

5月中旬に行われた東京オリンピックに対するカナダの世論調査によれば、「東京オリンピックにカナダの選手は出場すべきではないと思う」と答えた人は42%、「参加すべきだ」と答えた人は39%だった。「東京オリンピックへの出場は安全だと思うか」という質問に対しては、46%の人が「いいえ」、35%の人が「はい」、19%の人が「わからない」と回答。『行くと決めても、行かないと決めてもOK』という『どうでもいい』感が漂う結果となった。調査を実施した会社は結果にショックを受けたことを認め「オリンピックはテレビで大きな視聴率が取れるので、オリンピックを楽しもうという意欲がもっとあると思っていた」と語っている。[参照: Canadians divided on sending Olympic athletes to Tokyo: poll|CBC]

カナダ国内でもオリンピックに対する情熱や熱狂が滑り落ちてしまっている状況を感じずにはいられない。

さてカナダが日本に対して抱く大きな疑問が幾つかある。

<何故、東京オリンピック・パラリンピックをキャンセルしないのか?>
「非常事態宣言下で国民の60~80%が反対しているのに、何故、キャンセルしないのか?」「何故、強行開催するのか?」「開催するなら何故明確な説明がないのか?」

誰もが安全なオリンピックに疑問を持っている中で、それを実行する価値があるのか?延期した去年よりパンデミックの状態はさらに悪い。それにもかかわらず開催姿勢を見せる。

非常事態宣言下でワクチン接種率が2%台という中、開催する意義と価値があるなら、それは何なのか?

例えIOCが決定権を持っていたとしても国民の殆どが反対している中で、日本政府がIOCに提言もしないというのは何故なのか?

去年の延期決定時よりもパンデミックとしてはより酷い状況となっている。延期は先があるが中止は後がないということなのだろうと推測するが、果たしてそれが医療逼迫の悪化を招いてでもすることなのであろうか?

IOCが頑なに開催を望むのは放映権による収入のためであることがいくつかの報道で指摘されている。

そうであるなら、日本政府が開催を望む理由は何なのか?

開催キャンセルによってIOCから賠償金を請求されるにしても、パンデミックという特別な理由がある訳だし、法外な違約金や賠償金を日本に請求することはオリンピック開催都市の立候補を妨げる行為となり兼ねない。なので交渉の余地はあったはずなのだ。なのにそれをしなかった。IOCと日本政府は強行開催の姿勢を見せているが、日本国民は反対しており、コロナの感染状況も思わしくなく、ワクチン接種率も低い。

特定の利権やお金目当てであるなら準備段階でそれなりにお金が回ったはずである。既にそれなりに政府が懇意にしている企業にはお金が流れているはずだ。開催キャンセルによって巨額の損失になろうともパンデミックを終息させて経済を回復させた方が損失は低いとの見方もある。よって開催の理由は不透明だ。

開催するなら開催するで、それこそ『明確で透明性のある説明』が必要なはずだが、IOCからも日本政府からも、それらはされていないままである。「オリンピック開催が医療逼迫の悪化を齎すのでは?」という問いにも明確に返答はされていない。開催を強固に表明しておきながら、開催への安全性を証明する科学的な数字やデータによる裏付けはない。

この後に及んでも、開催も安全性もいまだにuncertain(不確実)なのだ。

<何故、ワクチン接種が日本は飛び抜けて遅いのか?>
「オリンピック開催国なのに何故ワクチン準備を怠ったのか?」「準備が遅れた時に、何故、然るべき対策を立てなかったのか?」

日本はワクチン接種開始がG7の国では一番遅かった。それでも『ロジスティックには優れている日本だから、あっという間に接種を終えるのかも』という予測もあった。しかし、5月31日時点でワクチン接種完了者は2.7%、1回目の接種完了者は7.7%(データ: Our World in Data)である。

ワクチン供給、予約や接種実行で躓くのは他国でもあった。しかし他国では数週間程度で解消されてきた問題が日本では解消されていない。日本人であれば『トップダウン方式や自治体との連携問題などで初期に時間がかかるのであろう』と問題の原因と背景は何となく想像がつく。しかし、他国からすれば「1年延期されて準備期間があったのに?」「オリンピック開催国なのに?」と疑問でしかないようだ。

カナダでは既に殆どの州でワクチン接種対象者が12歳以上全員になっている。よって、州が定めた順番に従って1回目の接種を終えているオリンピック選手が多い。オリンピック選手がワクチンを打つことは『特権』ではなくなっているのだ。2月にカナダIOCが「オリンピック選手を優先してワクチンを打つ」案を掲げた時は大きな反発があり、その案は却下された。しかし数カ月でそれを特権と感じさせないワクチン接種率をカナダは達成した。

日本は医療従事者や高齢者のワクチン接種でさえ完了していない。こういった事情から日本が開催国としての努力を怠ったようにみえてしまう感は否めない。

<データに基づく具体的なベンチマークや詳細がないのは何故なのか?>

「何故、データや数字がないのか?」「ベンチマークによる可否判断がないのは何故なのか?」「詳細がないのは何故なのか?」

通常、他国ではベンチマークが設定され「感染者数がこの数字に達したら規制強化/緩和」「ワクチン接種率がこの数字になったら規制緩和」と前もってアナウンスされるのだが、日本は具体的な数字を出さない。

オリンピックは開催すると繰り返し言いつつも、日本ではベンチマークとなるワクチン接種率や新規感染者数などを出さない。オリンピックの開催条件もキャンセル条件もない。まさに強行開催であり、サイエンスやデータには基づいていないのだ。なし崩し的とも言えるし、行き当たりばったりとも言える。

日本国民がオリンピック開催に反対している理由は医療逼迫を含むパンデミックの悪化を懸念しているからである。オリンピック自体に反対なのではない。本当に安全なオリンピックが約束されるのであれば、現時点でワクチン接種率も新規感染者数もそれなりに説得力のあるものであるはずだ。しかし、そうではない。

IOCにとって、日本は扱いやすい従順な開催国といえる。しかしながら、国民の声を無視しオリンピックというスポーツイベントのためにパンデミック下で国民を危険に晒すという行動は賞賛されないし、むしろ疑問視されている。

そして矛盾が多すぎる。

不特定多数の接触を避け、限定されたバブルを心がけると言っておきながら、選手村においてアルコールの持ち込みは可能。選手の交流は認める。選手村の選手と一般国民の接触はほぼないと言っておきながら、都道府県にキャンプや合宿予定が入っているので交通機関を使って移動することになる。

加えてコンドームの配布など誤解を生む行為の頻発。パンデミックの中でコンドーム配布。「啓発の一環で持ち帰るためのものである」と主張したところで、わざわざ持ち帰る必要性は甚だ疑問である。選手間での濃厚接触を促す行為だと思われても仕方がない。ワクチンを接種していてもウイルスを他者に感染させてしまうことはあるそうなので、キスなどはしない方がいいそうだ。

今まで日本は『技術大国でコロナも程々にうまく抑えてきた国』というイメージがあった。なので余計に、新規感染者が増え、非常事態宣言下でワクチン接種も進まず、国民の60~80%が開催反対を唱える中、強行開催するという行為の異様さが際立つ面もある。

<カナダは静観する>
前回記事の「カナダで殆ど報道されず話題にも上らない東京オリンピック・パラリンピック」でも書いたが、2020年と違い、カナダは表立った表明はしないと思われる。開催に反対もしないし開催キャンセルに反対もしないだろう。

既に一部の選手やチームは選考辞退や最終予選に行かない決定をしている。参加に関しては個人やチームに任せるというスタンスをとっているように思う。

IOCと日本が既に開催すると言っているのであれば、選手たちはベストを尽くすだけだろう。開催をキャンセルするというのであれば、選手たちはそれを苦痛を伴って受け入れるだろう。

既にオリンピックはスポーツイベントとしての楽しさよりも、お金が絡むイベントの醜悪さをまざまざと見せつけてしまった。オリンピック・スピリッツはなく、原義は説得力のかけらもなく消え失せ、お金への執着と汚さを浮き彫りにしてしまった。

カナダは東京オリンピック・パラリンピック開催に懐疑的である。開催可否よりも、開催が人間として正しい行為なのかどうか疑問を呈する人が多い。『オリンピック開催よりパンデミックの沈静化を優先させるべき』と思っている人は多いように見受けられる。しかし、カナダは開催国ではないのだ。医療逼迫のさらなる悪化やワクチン接種の遅れがあっても、オリンピック開催を声高に唱えているのは日本なのだ。開催で引き起こされる問題は端的に言ってしまえば『他国ごと』だ。

カナダの選手は粛々と準備するであろうし、ベストコンディションも保つ努力をするであろう。チームや選手が参加が安全なものでないと判断したなら、出場辞退することもあるだろう。

障害飛越競技のエリック・ラマーズ選手は体調不良を理由にオリンピック代表選手選考辞退を申し出た際にこう言っている。「オリンピックはアスリートの祭典ですが、東京では本当の意味での祭典にはならないと思います。祝うべき時ではないのです」(参照: Show jumper Eric Lamaze won’t compete at Tokyo Olympics due to health concerns|TRONTO SUN)

アスリートたちに葛藤と苦痛を精神的にも身体的にも与えるオリンピックという点では、東京オリンピック・パラリンピックは突出しているかもしれない。