目的と手段の取り違え

人間の性質として、最終目的と手段と、どちらが大事なのか、忘れてしまうことがある。
家族を幸せにしたい→家が欲しい→お金を貯めたい→貯蓄が目的に代わってしまう→金銭面で自分にも家族に無理をさせる→みんな不幸せ、という具合。

PCでいろいろなことができたら幸せだろうなと思う→PCをいじりだすと、それ自体が楽しくていつまでも時間をかけている
これは、PCが手段であったのに、目的に変化してしまっている。

自動車は手段で、移動することが目的である→自動車を所有することが目的に変化する

映画やドラマで、しみじみと感動したり、いろいろと考えさせられたりするのが目的のはずなのに→感動も感想もなくただ漫然と時間をつぶすために見ている、そのために睡眠時間を削ったりする

特にお金は、いろいろな使い道があり、可能性が多様である。それゆえ、それ自体が目的になりやすい。いつか困った時が来るかもしれないから、その時に備えて、お金を貯める。結果として、死んだときにお金がたくさん残って、こんなに持ってるなら、もっと楽しく暮らせばよかったのにと言われ、遺族が遺産争いを始めて、弁護士が儲ける。お金を上手に使うことは難しいと思われる。

可能性を夢見て、そのことが幸せである、人間はそんな存在である。
実際に可能になるかどうかはあまり問題ではない。