子供さんが携帯に夢中で困る、ゲームばかりしていて勉強しない、
などの親の嘆きはよく聞く。
ゲームばかりしていて嘆かわしいとの話はごもっともであるが、
子供は環境次第である。
だから孟母三遷の教えともいう。
知能が高い人は、環境が悪いにもかかわらず、立派に生きる。
知能が低い人は、環境次第で、悪影響を直接受けてしまう。
環境に影響されず、自分の人生を切り開くのが知能である。
そのような観点からいえば、
現状のように、携帯会社の大人やゲーム会社の大人が、金もうけのために必死になって、
子供を携帯漬け・ゲーム漬けにしようと、仕事をしているのであるから、
子供がまんまと携帯漬け・ゲーム漬けになってしまうのも仕方がないだろう。
それは子供の責任なのだろうか。
そうではない。そのような社会を作り、そのような環境を許している大人の責任ではないか。
親が、子供に、ゲームばかりして、成績が良くない、ゲームをやめろと説教している場面で、
子供がまれなほど知能が高くて志のある人ならば、説得も有効だろう。
しかしたいていはそうではない。
自分はダメな子供だとの自己イメージが刻印されてゆく。
果たして、ダメなのは子供だろうか。
そうではない。
ダメなのは、大人たちがこうした状況を許し、大人たちが大金と労力を投じて、SNSやゲームによって金儲けしていることではないだろうか。
この点では、親が悪い。
子供はなんにでも容易に染まる。何に染まるか、導くのが親の責任である。
SNSやゲームが容易に手の届く環境に子供を置いて、子供に説教など、大間違いである。
そのような環境を子供に与えている大人が子供に謝罪すべきである。
携帯はいじめ、悪口、仲間はずれ、さらにまた、犯罪、性行動、違法薬物などの入り口である点でも問題が多い。
人の親として憂慮するなら、行動すべきだろう。
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思うに、通信系新サービスなどは、分別のない子供を相手に売り上げを伸ばしてきた歴史がある。
ゲームも同じ。売り上げのためなら、その子供の人生なんてどうでもいいと思っている。
携帯で検索すれば、性的なコンテンツが容易に出てくる。
そのような環境を親が望ましいと考えているはずはない。
分別のない子供をターゲットにしてお金儲けしようというのはもはや彼らの伝統芸である。
そのような資本の論理に有効な対処ができないでいる、現代の良心的な大人たち。
悪いものを作っても、使わなければいいでしょ、と言い訳されて、言い返せない。
家に帰って、自分の子供だけにはわかってほしいと思っても、
子供は理解せず、やはり大多数の子供のようにSNSとゲームにはまり込む。
被害者は子供であり、加害者は資本家であり、さらにそのような社会を容認し続けている大人である。
説教するのではなく、子供に社会の仕組みを説明し、親が自分の責任であるという自覚もなかったこと、そして子供の環境を変える力もない親であったことを、子供に謝罪したらどうか。