ウクライナ問題解説の一例

――問題はどこにあったのでしょうか。

軍事行動は言語道断だが、プーチン大統領はウクライナを占領しようとか併合しようという気はないだろう。当初の目的はドンバス地域に住むロシア系住民の保護や、ドンバス地域に自治権が付与されて、ウクライナが財政的負担を負うことであり、いずれは「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」が国家として承認されることだった。

――ミンスク合意ですね。どのような内容だったのでしょうか。

ミンスク合意は2回ある。まず、2014年9月に、欧州安全保障協力機構(OSCE)が支援して、ベラルーシの首都ミンスクで、ウクライナ、ロシア、ドンバス地域の未承認の「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」の4者が署名したドンバス戦争の停戦合意。しかし、これが機能しなかったため、さらにドイツとフランスが仲介する形で、2015年2月に改めて署名された包括的措置がミンスク2だ。

具体的な内容は、ウクライナと分離独立派双方の武器使用の即時停止、停戦のOSCEによる監視、ウクライナ・ロシア間の安全地帯の設置とOSCEによる監視、ウクライナ領内の不法武装勢力や戦闘員・傭兵の撤退、ドネツク・ルガンスクの特別な地位に関する法律の採択、両州での選挙などだ。

しかし、クリミア併合時にロシア軍に大敗を喫したウクライナは、不利な条件で合意を結ばされたとの思いが強かった。そのため、2019年に選出されたゼレンスキー大統領は2021年にかけてミンスク合意を反故にしようとしてきた。ミンスク合意がある限り、ドンバス地域で選挙を実施し、高度な自治権を認めざるをえず、分離独立に法的根拠が生じてしまうからだ。ゼレンスキー大統領もその前のポロシェンコ大統領もドネツクやルガンスクの代表と直接対話をしていない。

ゼレンスキー大統領はミンスク合意反故を目指した
ゼレンスキー大統領は西側の支持と支援を得るべく国政の汚職一掃などを掲げてきた。当時、ゼレンスキー大統領の支持率は30%を切っており、タカ派的なスタンスで、2021年8月の訪米では、クリミア半島奪還やドンバス地域の奪還へ向けたミンスク合意反故を訴えた。だが、バイデン大統領から支持は得られなかった。

一方で、ゼレンスキー大統領は2021年4月にトルコから購入した攻撃ドローンをドンバス地域での偵察に使ったり、10月末にはウクライナ戦線を攻撃していた分離独立派武装組織の榴弾砲を破壊したりした。ウクライナ政府と分離独立派はお互いを非難しており、11月には、ロシア陸軍がドローン攻撃を挑発行為と見なして、国境付近に戦車を配備している。

ここで初めてアメリカのバイデン大統領が乗り出し、「ウクライナ侵略」と批難したため、プーチン大統領はこの機に乗じて、かねて要求していたNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大停止をあらためて突きつけた。

もともと、ゴルバチョフ時代に「NATOの東方拡大はない」という口約束はあった。プーチン大統領は2021年12月に「NATOを東に拡張しない」ということを書面に残せば軍隊を撤退するという条件を出した。しかし、アメリカにとってはNATOの旧共産圏からの全面撤退は敗北であり、とうてい容認できない。中間選挙を控えたバイデン大統領にはなおさらだ。

――今回の侵攻で「ミンスク合意をプーチン大統領が破棄」と一言で報道されがちですが、もともとゼレンスキー大統領がミンスク合意を履行する気がなかったため、プーチン大統領の堪忍袋の緒が切れたという感じですね。

まさに、そこに問題があった。西側諸国もウクライナ政府にミンスク合意は守れと言い続けてきた。ロシアの武力行使は言語道断だが、ゼレンスキー大統領はコメディー俳優出身で国政・外交経験もなく、自分の選挙のことを中心に考えていた。プーチン大統領は演説や声明で「ゼレンスキー」という名を口にせず、「あの人」「この人」という言い方だ。嫌いな人物に対してはそうなる。よほど怒っているのだろう。

また、領土問題に関しては、第三国は本来、ドイツのように当事者間の話し合いを促すべきだが、アメリカが介入すると「民主主義国家対権威主義国家」のような話をするので、こじれてしまう。最近の報道には、これが中国による台湾有事に発展するのではないかという論調があるがまったく別の話とみるべきだ。そもそも中国はクリミア併合を容認していない。

ウクライナの中立回帰がプーチン大統領の目的
――ここから先はどうなりますか。

軍事的には圧倒的にロシアが強く、軍事施設や空港、制空権をほぼ確保して、ロシアによる包囲網ができてしまったようだ。チェルノブイリを素早く制圧するあたりは元KGB(ソ連国家保安委員会)のプーチン大統領らしい。ゼレンスキー大統領は核兵器開発の復活もほのめかしていたし、核ミサイルを作る可能性やテロのおそれもあったからだ。

ゼレンスキー大統領は自分も家族も殺されると言っているが、停戦交渉に応じればそんなことまでやる気はないだろう。国民感情もあるし、アメリカとの関係もある。すでにボリス・ジョンソン英首相も受け入れを表明しているため、英国への亡命が考えられるが、国にとどまれば、戦争裁判になるのだろう。

先に述べたようにプーチン大統領はウクライナを占領する気はなく、親ロ派政権が誕生して、中立へ回帰してくれればいい。フィンランドやオーストリアのようなNATO非加盟国だ。NATOの東方拡大停止を国際条約にすることにはアメリカが応じないため、ウクライナの憲法にNATO非加盟を書かせたい。また、クリミアのロシア領土承認も制定させたいだろう。親ロ派の「野党プラットフォーム」のメドベドチュク党首がウクライナの政権を取るのかもしれない。

プーチン大統領は「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」のロシア領有は考えていないだろう。なぜならコストがかかりすぎるからだ。クリミア併合時に莫大な財政負担に苦しんだ経験がある。ドンバス地域を仮に併合したら、ロシアの追加の想定予算は200億ドル(日本円で2.3兆円)になる。そもそも、ゼレンスキー政権は両共和国の財政負担を放棄しており、すでにロシアが公務員給与、年金、インフラも含めて財政負担を負っている。これ以上の支出はしたくないだろう。

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別の解説

ロシアは二つの目標を明確にしてウクライナに対応している。
第一はウクライナ国内のロシア民族の保護。
ウクライナには多数のロシア系住民が居住している。
とりわけ、東部ドネツク州、ルガンスク州ではロシア系住民が多数を占める。
ウクライナ政府と両地域の自治政府との間で戦闘行為が継続されてきた。
これら地域の住民の安全を図ることが第一。

第二は、ウクライナのNATO加盟を阻止すること。
NATOは軍事同盟であり、旧ソ連邦にまでNATOが東方拡大することはロシアにとっての重大な脅威になる。
しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領はウクライナのNATO加盟方針を明言し、NATO諸国に加盟の早期許可を強く求めてきた。
その裏側にバイデン大統領の強力な誘導がある。
NATOの東方拡大については、1990年のソ連ゴルバチョフ共産党書記長と米国ベーカー国務長官との間でのドイツ統一をめぐる交渉のなかで、米国がNATOの東方不拡大を明示したことがゴルバチョフ回想録に明記されている。
これ以外にも、米国で開示された外交文書で事実関係を確認できることを専門家が明言している。
しかし、冷戦終結後、NATOは東方拡大を続けてきた。

NATO側が約束違反を実行してきたことになる。
ウクライナ問題の直接の契機は2014年の政変だ。
ヤヌコヴィッチ大統領は民主的な選挙で選出された正統性のある大統領だったが、暴力的革命によって追放された。
この暴力的革命を背後で指揮したのが米国であると見られている。
その中心がヌーランド国務次官補(当時)とバイデン副大統領(当時)であると見られている。
米国はウクライナ国内の極右勢力=ネオナチ勢力と結託して暴力的革命を推進したと見られる。
これにロシアが反応して、ロシア系住民が支配的なクリミアをロシアが併合した。
東部ドネツク、ルガンスク両州でも軍事衝突が発生した。
この混乱を収拾するため、ウクライナ、ロシア、フランス、ドイツによる「ミンスク合意」が締結された。
「ミンスク合意」の核は東部ドネツク、ルガンスク州の親ロシア勢力支配地域の自治を広範に認めることである。

2019年に大統領に選出されたゼレンスキーはミンスク合意の履行を公約に掲げた。
ところが、ゼレンスキー大統領は、大統領就任後、東部2州に対する自治権付与の行動を一切示さず、逆に、ウクライナのNATO加盟を強行に推し進める姿勢を示してきた。
このことから、ロシアが強硬策に出たという経緯がある。

これらの経緯を中立、公正な立場から正確に説明しなければ、一般市民はことがらの正確な実態を掴むことができない。