『宗教とアウトサイダー』コリン・ウィルソン、原著1957年。中村保男訳。

『宗教とアウトサイダー』コリン・ウィルソン、原著1957年。中村保男訳。
人間は欲望と知覚の塊で一種の自動機械である、どうせ卑小な存在であるというインサイダーの考えではなく、人間は宗教を肯定し、自由意志を肯定し、人間存在の意味と目的を自覚した、現在よりもより偉大な存在、つまりアウトサイダーになることが可能である、という話。
ずっと昔に読んだ本だ。1957年という執筆時期から理解できるように、実存などという言葉もしばしば登場する。当時の科学的唯物論的な見解に反駁している。昔読んだときはすごいものだなと感じ、確かに人間存在はちっぽけな自動機械以上の存在であれば結構だと思った。しかしまあそうもいかないだろうとは思い、文学的なレトリックとして受け取った。
再度読んでみると、著者の都合のよいようにつまみ食いして引用されていて、これは紹介されているそれぞれの小説家や哲学者、宗教家の要約として不適切だろうとは思うが、また一方で、このように全体を再構成できるのではないかと提案することはやはり知的な好奇心をくすぐるものだ。大変な「馬力」であると思う。

コリン・ウィルソンの何冊かの本の後に、紹介されていた本を読んでみたものだ。読書のガイドブックとして有用だと思う。しかし日本語翻訳の際に、翻訳担当者がどのような視点や解釈で臨むかによって、かなり色彩は異なったものになる。コリン・ウィルソンが紹介しているほど面白いものではなかったことも多い。

翻訳の中村保男は、大学教員として勤めたこともあったようだが教授職ではなく、翻訳業を主としていた人のようだ。その点ではコリン・ウィルソンが大学教員として教えながら執筆するスタイルではなかったのと同様なのだろう。
アカデミーとは少し距離のある地点から自由に書いて、それが売れたのだから立派なものだ。つまり、かなり売文業的、ジャーナリスティックなところがあったと思う。
そのようなものとして日本語を読んでみると週刊誌を読むような読みやすさがある。短い文章をつなげて、上から順番に読むだけで意味が通じるように翻訳している。こういうものがプロの翻訳家の仕事だと思う。

後年、類似の分野では、ケン・ウィルバーがいる。『意識のスペクトル』『エデンから―超意識への道』『アートマンプロジェクト―精神発達のトランスパーソナル理論』など。プレとトランスの錯誤などの論は切れ味が良い。しかしトランスパーソナル心理学の系統はケン・ウィルバーのあたりが限界で次第に縮小している。最近はインテグラル理論についての翻訳が出版されている。