ジョン・スウィントン「報道の自由」に乾杯

1880年、『ニューヨーク・タイムズ』紙の著名な記者であったジョン・スウィントンが、ニューヨークプレスクラブのパーティにおいて「報道の自由」に乾杯がなされたことに対して行ったスピーチ。翻訳例3種。
翻訳第一。
「世界の歴史が今日に至るに当たって、アメリカに独立した新聞などありえない。あなたたちはそれを知っているし、私もそれを知っている。あなたたちの中に、誠実な意見を書いてやろうと思うものなど存在しないだろう。たとえ誠実な意見を書いたとしても、それが印刷される事などないということは、当然わかっていると思う。私は、私の紙面に誠実な意見を書かないことの見返りとして報酬を得ている。あなたたちも同じような仕事で同じような報酬を得ている。もしあなたたちのうちの誰かが、誠実な意見を書くほどお馬鹿さんであれば、職場を追い出されて別の仕事を探すことになるだろう。もし私が私の新聞紙面に率直な意見を書くことを許されることがあるとすれば、それは24時間後にクビになることを意味する。」

「ジャーナリストの仕事とは、真実を滅ぼすことだ。公然と嘘をつき、判断を誤らせ、人を中傷し、富の足元にへつらい、国を売り、仲間を売ることで日々の糧を得ることだ。あなたたちはそれを知っているし、私もそれを知っている。独立した新聞に乾杯する?なんと愚かなことだろう。私たちは、舞台裏に存在する金持ち連中の道具であり奴隷である。私たちは操り人形だ。金持ち連中が糸を引くままに私たちは踊る。私たちの才能、可能性、そして私たちの人生は、彼等金持ち連中の所有物だ。私たちは知性を売っているが、それは売春と同じだ。」
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翻訳第二
「世界史上、今日のアメリカに報道の自由などというものはありません。
それはあなたがたもわたしも知っていることです。
あえて率直な意見を書こうとする記者は1人もいないし、たとえ書いたとしても絶対に印刷されることがないことは初めからわかっています。
わたしが勤め先の新聞社から給料をもらえるのは、正直な意見を書かないからこそであります。
ここにいるみなさんも、同じことをして同じように給料をもらっているのです。
よしんばわたしの率直な意見が新聞に掲載を許されることがあったとしても、わたしはその日のうちに職を失うでしょう。
記者の仕事とは、真実を壊し、公然と嘘をつき、真実を歪曲し、人を中傷し、富の邪神にへつらい、国と同胞を売って、日々の糧を得るものであります。
あなたがたもわたしも、それを承知している。
とすれば、報道の自由に乾杯するとは、なんとばかげたことでありましょうか?
われわれは、舞台の陰にひそむ金持ち連中の道具であり召使いなのです。
われわれは操り人形であり、彼らが糸を引けば、それに合わせて踊るだけです。
才能も可能性も人生も、すべては他人の手の内にあります。
われわれは、知性をひさぐ娼婦なのです。」
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翻訳第三
世界の歴史における今日のアメリカにおいて、報道の自由などというものは存在しない。あなたはそれを知っているし、私も知っている。あなた方のうち、誰一人として正直な意見を書けるものはいないし、もし書いたとしても、それが決して新聞に載ることはないことを知っている。

私は私の正直な意見を新聞に書かないことで給料をもらっている。あなたがたも同じことをして給料を得ている。もし正直な意見を書こうなどという、愚かな考えを持つ者がいれば、すぐに失職して別の仕事を探さなければならないだろう。

もし私の正直な意見が新聞に掲載されようものなら、24時間以内に、私はくびになるだろう。ジャーナリストの仕事は、真実を壊し、公然と嘘をつくことであり、判断を誤らせ、中傷し、富の邪神の足元にへつらい、自分の国も国民をも、日々の糧のために売り渡すことである。あなたはこれを知っているし、私も知っている。

報道の自由に乾杯など、どんなにばかげたことか。

我々は金持ちたちの舞台裏の道具であり、召使だ。我々は操り人形で、彼らが糸を引き、我々が踊る。我々の才能も可能性も命も、他の人間の道具なのである。我々は知性の売春婦なのだ。
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