脳皮質厚増加とその後の減少からみた、知能と統合失調症

採録
脳皮質厚増加とその後の減少からみた、知能と統合失調症

統合失調症の遺伝子型を多く持っていたとしても、出生直後には顕在発症しません。統合失調症の約90%が、好発年齢の16-30歳に発症します。遺伝子の問題が「first hit」だとしたら、16-30歳の間に起こる何らかの「second hit」があるはずだということになります。その「second hit」とは何でしょうか。年齢によって脳の何が変わるのでしょうか。

 取り上げるのは、2022年4月にNature誌に掲載された脳発達の包括的な成長曲線に関する論文です。同年3月の同誌に、ほとんどの脳画像研究はサンプルサイズが少ないため、画像データと行動の相関について再現性のある結果が得られていないという報告がありました1)。しかし、今回の脳発達の成長曲線は、受胎後115日の胎児から100歳までの約12万4千もの脳画像から得られたものであり、これまでの研究の中で最も信頼性が高いものであると考えられます。

 結果は、年齢に応じて変化していく灰白質や白質の体積、皮質厚などの主要な脳の測定値をプロットした一連の図に示されており、灰白質の体積や皮質厚はヒトの発達の早期にピークに達し、その後、緩やかに減少していくことが見て取れます。また、この論文では、統合失調症などの精神病を正常対照群と比較した結果、統合失調症では、灰白質や白質の体積減少や側脳室の拡大が確認されています。

 統合失調症では、灰白質や白質の体積減少や側脳室の拡大が見られることは、以前から繰り返し報告されていました。今回の大規模な研究でもそれが再現されたことになります。16-30歳の間に起こる統合失調症の何らかの「second hit」とは、発達の早期にピークに達した後に認められる灰白質の体積や皮質厚の減少であると考えられています2)。灰白質の体積や皮質厚はピークに達した後、誰でも減少するのですが、その減少の程度が統合失調症ではさらに強くなっています3)。

 灰白質の体積減少は、不要なシナプスを刈り込む、脳の成熟に必要な正常な過程です。しかし、統合失調症では、その正常な過程がやや強く、刈り込まなくてもよいシナプスまで刈り込んでしまいます。そのため、人口の1%に統合失調症が引き起こされます。刈り込みが強くなる原因は、C4遺伝子などの統合失調症のリスク遺伝子型によるものであると考えられます4)。つまり、精神病のリスク遺伝子型は、刈り込みの時期に強く刈り込みすぎ、灰白質の体積や皮質厚を強く減少させる遺伝子型ということになります。

皮質厚を減少させる遺伝子が知能上昇にも関与?
 Shawらは、20歳時点の知能と5歳から20歳までの大脳皮質厚の経時的変化を検討しています5)。平均的な知能のグループ(IQ 83-108)、知能が高いグループ(IQ 109-120)、特に知能が高いグループ(IQ 121-149)の3群を比較した結果、左右の前頭前野と左中側頭回の皮質厚に見られる変化のパターンに特徴的な差があったことが報告されています。

 20歳時点で平均的な知能となった人は、右上中前頭回の皮質厚の増加のピークは5.6歳で、その後、緩やかに減少していきます。知能が高いグループでは、皮質厚の増加のピークは8.5歳で、ピークの厚さは平均的な知能グループより大きく、その後、緩やかに減少していきます。特に知能が高いグループでは、6歳時点の皮質厚は3群の中で最も薄いのですが、その後、急激に増加し、11.2歳でピークを迎えたときには平均的な知能グループのピークより大きくなります。しかし、その後、急速に減少し、20歳時点の皮質厚は平均的な知能グループと同等となります。

 結果をまとめると、次のようになります。

知能が高くなるほど、皮質厚がピークとなる年齢が遅くなる
平均的な知能グループでは、皮質厚増加時期に皮質厚が緩やかに増加し、皮質厚減少時期に緩やかに減少する
知能が高いグループでは、皮質厚増加時期に大きく増加し、皮質厚減少時期に緩やかに減少する
特に知能が高いグループでは、皮質厚増加時期に大きく増加し、皮質厚減少時期に大きく減少する
 そして、(後で述べますが)統合失調症ではおそらく、皮質厚増加時期に緩やかに増加し、皮質厚減少時期に大きく減少する。

 おそらく、特に知能が高いグループは、前半の皮質厚増加時期に多くのシナプスがあり、後半の皮質厚減少時期にシナプスが無作為に刈り込まれるのではなく、適切性が低いシナプスから順に強く刈り込まれるので、20歳時点で適切性が高いシナプスの割合が結果的に多くなるため、特に知能が高くなることが考えられます。この刈り込みの時期に強く刈り込む遺伝子型は、精神病の遺伝子と共通しているのかもしれません。

統合失調症で幻聴や認知障害が起こる理由
 このような特徴的な皮質の増減は、ヒトでは特に前頭葉と左側頭葉で観察されます。程度の差はあれ、これはヒトの正常な脳の発達過程です。前頭葉と左側頭葉が成熟した結果、ヒトは高い知能と高い言語能力を持ち合わせるようになったのかもしれません。

 左上側頭回には、言語野のウェルニッケ野と一次聴覚野および二次聴覚野があります。統合失調症では、左上側頭回の灰白質体積と幻聴の程度に逆相関が見られます。左上側頭回の体積減少により言語野と聴覚野に問題が起こるため、「実際には誰も発していない言葉が聞こえる」状態が引き起こされ、それが幻聴の機序であることが考えられます。統合失調症の画像研究で、体積減少の報告が最も多かった部位は、この上側頭回でした7)。これはおそらく、幻聴があると統合失調症と診断されやすく、精神病の中で幻聴があるものをわれわれが統合失調症であると認識しているということを示すものだと考えられます。

 統合失調症で、左上側頭回に次いで体積減少の報告が多いのは前頭葉皮質です。なぜ左上側頭回と前頭葉皮質の体積減少が特に顕著なのでしょうか。その理由は、統合失調症患者がホモ・サピエンスだからです。ホモ・サピエンスは言語野と前頭葉皮質厚の増減が他の領域よりも特に大きく、強く成熟することによって高い言語能力と高い知能を獲得することができました。ただしその代償として、言語野の行き過ぎた体積減少による幻聴と、前頭葉皮質の行き過ぎた体積減少による認知機能障害を持ち合わせた、統合失調症と呼称される人々が人口の約1%に存在するようになった、ということなのかもしれません。

高IQ者の脳の発達過程、前半はADHD、後半は統合失調症に類似
 特に知能が高いグループは6歳時点の皮質厚は平均的な知能グループよりも小さく、皮質厚がピークとなる年齢が遅くなりますが、そのような発達過程をもたらす遺伝子群はどのようなものでしょうか。

 前述の脳の発達過程と知能を研究したShawらが、これに関しても興味深い研究を実施しました8)。注意欠如・多動性障害(ADHD)患者と正常対照群で経時的な皮質厚の発達過程を比較した結果、ADHD患者群では皮質厚の厚みがピークに達する年齢が、正常対照群より遅くなることを報告しています。つまり、特に知能が高いグループでは、発達過程の前半はADHDの脳に類似し、後半は統合失調症の脳に類似するということになります。皮質厚のピークを遅らせる遺伝子群は、ADHDの遺伝子群とオーバーラップがあるのかもしれません。

 ADHDも統合失調症もありふれた疾患です。多因子遺伝形式をとるありふれた疾患の原因となる、ありふれた頻度の疾患寄与率の低い遺伝子型は、必ずしも病気を引き起こすだけの不要な遺伝子型ではなく、組み合わせによっては良い効果をもたらす場合もあるので淘汰されないということなのでしょう。
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なるほどねという論文。
統合失調症ではおそらく、「皮質厚増加時期に緩やかに増加し」という部分で働く遺伝子は、進化の中で淘汰されてもよい部分ではないか。「皮質厚増加時期に大きく増加し」の遺伝子のほうが有利なのだから。
知能だけで進化的に有利とか不利とかいうのは不足だと思う。集団内での振る舞いの能力のほうがもつと大きく影響すると思う。

ADHD患者群では皮質厚の厚みがピークに達する年齢が、正常対照群より遅くなるが、厚さの計測値はどうなのだろう。皮質厚増加時期に緩やかに増加し皮質厚減少時期に緩やかに減少するパターンで、ピーク年齢が遅くなるということでよいのだろうか、たぶん。

体積と機能は比例はしないだろうけれども、まあ傾向としては、体積が大きければ、余裕があるかなと思うことにするのだろう。無駄に大きいということもあるわけですから比例はしないですよね。
問題はピーク時の体積とともに、刈り込みが完了したときの体積なんだと思うけれども、その部分も、体積というよりは、大切な神経の組み合わせが残っていることが重要なんでしょう。
ピーク時の体積が大きいほうが、本当に役立つ神経を見つけられる可能性が高くなりますね。
そしてそれ以外の神経を大胆に刈り込んでしまえば、高性能の脳ができます。
当面は厚さとか体積とかそんな感じでおおざっぱに比較するしかないんでしょう。

一時的に神経細胞をたくさん増やして、不必要なものをたくさん刈り込んで捨てて、役立つものだけ残せば、能率の良い脳になりそうなので、これが特高知能なんだろう。
増加大と減少大とピーク遅いの3つの遺伝子で特高知能ができるが、
減少大は統合失調症と共通の遺伝子で、
ピーク遅いはADHDと共通の遺伝子だとすると、
統合失調症の遺伝子とADHDの遺伝子には生き残る理由があることになる。
しかし、ここでいう特高知能は多分知能検査なんだろうけれども、人間の長い歴史で、特高知能が有利な状況はあまりないのではないか。中国の科挙などならばいいのかもしれないが、それはそもそも教育に関心がある富裕な人たちの話だ。
原始的な状態では、特高知能よりも、知能はほどほどでというか、みんなと同じくらいで、対人関係能力とかが大事に決まっている。リーダーになる人ってそうなんだと思うけど。特高知能だと周囲が理解してくれない状況が続き不遇を悲観して、不適応な殺人者とかになってしまう可能性もありそうと考えるのは行きすぎだろうか。

皮質厚と知能と統合失調症をこのように論じるのは、今のところ、知能くらいしか測定できないからなんだろうと思う。
皮質厚はほかにもいろんな能力を含むでしょう。
ただ、ほかの能力と知能はほぼ比例するかもしれませんね。皮質厚と言っているくらいだし。だから、知能で代表させることができるのかもしれない。そうかな。怪しい。

いずれにしても、たくさん増やして、たくさん刈り込んで、本当に必要なものを残せば、性能はいいでしょうというのは納得できる話だ。
ピークを遅らせれば、神経細胞はますますたくさんになるだろうから、それも有利だろう。それも納得できる。

でも、本当に必要なものを残すことは、言うほど簡単ではない。子供時代の環境と大人になってからの環境が違う場合には、刈り込みはよくない結果になるかもしれないではないか。
子供時代に役立った神経を残しても、大人になって役立つとは限らないから。ホルモン環境ということもあるし、社会状況ということもある。
親がいる場合の適応と、親がいなくなってからの適応は違うだろうし。子供ができてからの適応はまた違う。このモデルだと、子供を育てるのに適した神経を残すことはできないはずですね。まあ、親の遺伝子が子育てに適していれば、子供は育つので、結局子育てに有利な遺伝子は残るだろうけれども、いまここで論じている、増大と刈込の話ではうまく説明できないだろう。

統合失調症で刈り込みがきつすぎるのであれば、刈り込みが進行する時期に、過度の刈り込みを阻害する薬剤を入れれば合理的ですね。
すると、どの人が統合失調症の素因を持っているのかが問題になるけれども、ARMSの研究などでは、刈り込みが始まる前からの心理的傾向を探っているようだ。
統合失調症で過剰な刈り込みが問題というのであれば、それは陽性症状と陰性症状との関連はどうなるのだろう。過剰な刈込では陰性症状のほうがイメージしやすいけれども、どうですかねえ。まあ、陽性症状と言っても、その症状を抑制するシナプスが欠如して起こると考えれば、過剰な刈込で抑制シナプスが刈り込まれてしまったでもいいけれども。

ARMS については 統合失調症におけるARMS(at risk mental state)