最近は社交不安障害の用語を耳にすることも多くなった。従来日本で「対人恐怖症」または「対人恐怖」と呼んでいた病態に近い。しかもそれは社交不安障害よりもやや広い概念である。海外でもtaijinkyoufuとして確定した疾患概念と認識されている。
SAD :social anxiety disorder の翻訳語は一時は社会不安障害と翻訳されていたこともあったが、現在では社交不安障害と確定されている。社交はsocialの翻訳語であるが、対人関係とか、人付き合いとか、もっとはっきり言えば「他人の目」が問題である。
概ねを言えば、社交不安障害では「他人に見られること」や「他人に判断されること」に過度の不安がある。自分の行動が「他人から否定的に評価されることを常に恐れて」いる。対人緊張が高まると、震え、赤面、動悸、悪心などの身体症状が生じる。しかしここまでならば単に対人緊張の強いシャイな人である。ここから回避行動が生じ、予期不安が見られる場合、SDAと診断されることになる。
回避行動とは、行くべきところに行けないことである。たとえば会議に出席できない。好きなのにコンサートに行けない。学校に行けないなどである。予期不安は、不安な場面を頭の中でリハーサルして何度も不安を体験してしまうことである。SADと診断する際には社会活動に制限が生じることが目安になる。また、彼らは自分の不安を不合理であると明確に自覚している。それなのに不安を止められないと悩んでいるのである。「不合理の自覚」は強迫性障害診断においても大切とされている点なのであるが、確認は難しい場合もある。
SADの人がどうしても人前に出なければならない時、アルコールの助けを借りることがよくある。そしてそれが常習的になることもよくある。従って、アルコール症の背後にSADがないかどうか、吟味する必要がある。
SADにも重症度の違いがあり、不安の場面がかなり限定されている場合は軽症、場面が増えて多様な場面で不安が見られるようになると重症タイプになる。
対人恐怖症の重症型・若年型の類型として日本では思春期妄想症が取り上げられた。対人恐怖から発して、自我漏洩症状から統合失調症に至る経路がある。現在はあまり語られない。
最近では生涯有病率は5~10%程度といわれている。決して少なくない。女性の方が多いと言われている。この内容については子細に検討が必要と思われる。また20歳代より前の若年層に多いと観察されており、30~40歳を過ぎて初発するケースは稀と言われる。社交技術(social skill)が発達するからだろう。診察室では、中学から大学にかけて、学校場面での困難として直面する例が多い。最近の学生は内心を言語化する能力が低いので、診察には苦労することが多い。
SAD患者は未婚者が多く、長じても25%は結婚の経験がない。結婚したとしても、離婚することも多い。親戚づきあいが出来なかったり、家族ぐるみの交流ができないからだと言われている。
SADと診断された人で、他の病気を同時に診断される人が50%もいる。多いのはうつ病であり、SADの20%はうつ病であると言われる。これは社会生活に制限が生じ、同時に家庭生活にも制限が生じるので二次性にうつ病になると考えられているが、もともと原発性にうつ病の人が、人づきあいの面で制限を感じて、結果として社会不安障害と診断される面もあると思う。アルコール症は当然多く、自殺未遂も多い印象がある。
病気としてのSADと「内気な性格」、あるいは「回避性人格障害」の鑑別は困難な問題になる。ポイントは社会生活に制限支障があればSADと言うべきであることである。本人または家族が実際の不利益を被れば、SADと診断して治療を開始すべきだと思う。また、スキゾタイパル人格障害、スキゾイド人格障害、パニック障害との鑑別も必要である。パニック障害の場合には一人でいる方が不安が高まり、誰かと一緒にいたがる。一方、SADの場合には、他者と一緒にいることが苦痛である。
治療はまずSAD単独の病態なのか、うつ病やアルコール症をも併発している病態であるかを鑑別診断する。併発病があれば当然治療すべきである。併発率が最も高いのはうつ病であり、うつ病なのでセロトニン系抗うつ薬(エスシタロプラム、セルトラリン、ベンラファキシン、デュロキセチンなど)が有効であり、かつ、SADそのものについてもセロトニン系薬剤が有効であるから、これが第一選択薬になる。少量から初めて徐々に増量し、標準量まで用いる。
セロトニン系薬剤抗うつ薬は効果発現まで2週から4週が目安になるが、データからは3ヶ月を経過してからでないと、効果の有無を結論できないと言われている。ここで注意したいのは、3ヶ月の後に無効であったとして、無駄なのかと言えば、そうではないことである。併発しているうつ病・うつ状態については改善が見られていることが多い。結論としては、最適維持量を最低3ヶ月は継続すべきである。
指摘されている事実として、薬剤開始1週目で不安が強くなる場合がある。これはSADだけではなく、GADの場合にも、セロトニン系薬剤で見られる現象である。しかし、その後不安が低下して、次に回避行動が低下するので安心していい。実際にはLSASという社会不安尺度で測定して論じている。この1週目の不安の増大に対してはベンゾジアゼピン系抗不安薬(たとえばソラナックス、ワイパックス、メイラックス、クロナゼパム)を用いて、不安を抑える戦略がよいだろう。
セロトニン系薬剤を開始後3ヶ月を経過して、最低一年は継続する。その後に、症状を見守りながら薬剤を減量して症状再発のない場合には治癒となる。症状再発した場合には同一薬剤を継続する。長期投薬を要する場合の例をあげると、うつ病を併発している場合、社会不安障害が人生早期に発症していた場合、回避性人格障害を併発している場合、薬剤コンプライアンスが悪い場合(つまり薬を飲んだり飲まなかったり不安定な場合)、遺伝性のある場合、再発を反復している場合などがあげられる。
SADは有病率が高く、未治療で放置した場合、うつ病やアルコール症を併発する場合が多く、その点でも積極的に治療する意義が高い。薬物療法を1年以上継続した場合に社会生活制限から開放されることが多い。ある程度時間がかかるのは、社交において自信がつくまで時間がかかることも理由である。