下書き うつ病・勉強会#16 躁状態先行仮説-4

下書き うつ病・勉強会#16 躁状態先行仮説-4

抗てんかん薬

リチウムと同様に、抗てんかん薬でも抗マニー効果が抗うつ作用よりも先に発見されました。抗てんかん薬はマニーを鎮静します。そして後に、マニーに対してもうつ状態に対しても予防効果があることが分かりました。ラモトリギンを含む、少なくともいくつかの抗てんかん薬は、即効性の抗うつ効果があると考えられていますが、うつ状態を改善する薬効は実際には弱いものであって、うつ状態の予防効果のほうが優れています。ラモトリギンの場合には単極性うつ病でも双極性障害でも、急性のうつ相には効果がないことが報告されています。

この場合、効果がないと解釈するのではなく、別の説明の仕方もあります。たとえばラモトリギンはゆっくり薬を増やしていくので8週間の研究では効果を確認できないなど。しかしながら、ラモトリギンは双極性障害における急性うつ病の場合に有効性を示せないと結論されています。

この場合、うつ状態やマニーの定義が大きな問題となります。

一方、ラモトリギンが強い予防作用を持っていることは明らかであり、躁病とうつ病の両方に対してプラセボよりもずっと優れた予防効果を示します。相対的にマニーよりもうつ病の場合に予防効果が高いようですが、このあたりも診断学と関係している可能性があります。

リチウムと同様ですが、うつ病エピソードに対するラモトリギンの長期的な利点は、直接的な抗うつ作用

によるのではなく、躁状態の予防効果を介してうつ状態を予防する効果によるのだろうと思われます。

ラモトリギンはうつ病に対しての急性効果がありませんが、うつ病の予防効果があります。このふたつはラモトリギンの作用が抗うつ剤の急性作用と同質のものと考えたのでは説明できません。しかし躁状態先行仮説を使えばうまく説明できます。

つまり、うつ病エピソードの予防効果は、一般の抗うつ剤が示すような急性抗うつ効果とは別の、独特のものと見えます。ラモトリギンはうつ状態を、それが始まった後に改善するのではなく、躁状態を予防することによって、うつ状態を予防しています。これとは対照的に急性マニーは鎮静できます。もしある薬剤がうつエピソードを予防する効果があるならば、まず最初にマニーを予防する効果があるはずです。

つまり、ラモトリギンは急性マニーに有効で、さらにマニーの予防効果を持つ。そのことを通じて、うつ状態に対する予防効果を持つ。うつ状態を単独に、マニーと関係なく、治療したり予防したりするのではないのです。

したがって、マニーを予防すればうつ状態を予防することができることになります。

1。急性うつに対する効果 2。うつ予防効果 3。急性マニーに対する効果 4。マニー予防効果、この4つがどのような順序で発生し、どのような因果関係になっているのか考えると、躁状態先行仮説が分かると思います。

抗精神病薬

非定型抗精神病薬について考えます。躁うつ病に対してどのように作用するかの研究によれば、どの薬剤も、まずマニーに対して有効であることが示され、ついでマニーの予防に使用されるという経過でした。非定型抗精神病薬は抗うつ作用もあります。特にオランザピン/フルオキセチンの合剤やクエチアピンがそれにあてはまります。用語として「非定型抗うつ薬」が提案されたものの、抗マニー効果のほうがずっと強いことを考えれば、非定型抗マニー薬のほうが正しいでしょう。

多くの研究によればオランザピンは急性期うつ病に対して単剤では効果がないか、または効果が少ないようです。オランザピン/フルオキセチンの合剤の抗うつ効果はオランザピンよりはフルオキセチンによるものと考えられます。クエチアピンは、純粋なうつ病に対しての効果ははっきりしません。

躁うつ混合状態については、DSMⅣは極端に狭い定義を採用しています。一方、大うつ病は広い定義となっています。大うつ病の広い定義を採用するとすれば、非定型抗精神病薬の抗うつ作用と見えているものは実は混合状態やアジテーションに対して、つまりマニー成分に対して薬剤が効いているのだろうと考えられます。

混合状態や焦燥の強いうつ状態ではDSMⅣの基準を全部満たすものではないことが多いのですが、それでも、マニーの要素を指摘することができます。その特徴は、運動興奮、イライラ、抑制欠如、内的緊張の高まり、速度の速い思考、理由のない怒り、多弁、入眠困難、気分易変性、大げさな嘆き、精神病性の痛みなどです。混合状態にはこのような興奮性の症状があります。

躁うつ混合状態と純粋うつ病エピソードの経過の違いに着目すると、躁うつ混合状態では後に30%がうつ状態になりますが、軽躁状態になるものはまれです。純粋うつ病ではマニーになることはありません。しかも、抗うつ剤を投与すると、躁うつ混合状態ではしばしばイライラが悪化するのに対して、純粋うつ病ではイライラの悪化はみられません。つまり、混合状態の中核部分がうつである場合、うつと診断して抗うつ剤を用いると、うつには効くがマニー部分が悪化してイライラすると考えられます。このあたりは観察ともいえるけれども混合状態と純粋単極性うつ病の定義の問題ともいえるので微妙なところです。

大うつ病エピソードの中でイライラ/混合抑うつ症候群の割合は単極性と双極性うつ病エピソードの全体の19から44%と見られ、無視できない割合となっています。

そのような混合状態を考えれば、うつ病に対して抗精神病薬が有効であることを説明できます。大うつ病診断の中に混合状態が含まれていることを考慮して、マニー成分を全く含まない純粋うつ病に対して抗うつ薬を投与すると、抗うつ薬の効果はもっと高くなるはずです。うつ病の中に、混合状態が入り込んでいるのはうつ状態の診断が広すぎるためです。混合状態の中のマニー成分が抗うつ薬に刺激されてイライラを引き起こします。

抗精神病薬に抗うつ効果があることは、新しい知見ではありません。非定型抗精神病薬だけではなく従来の抗精神病薬にも抗うつ作用があると知られています。三環系抗うつ薬と従来の抗精神病薬とプラセボとのランダム化比較試験のレビューによれば、従来型の抗精神病薬の多くは「混合性不安・抑うつ状態」に有効です。現在定義されている「うつ病」の症状の中にはマニー症状が混在していますから、そのことが抗精神病薬が「抗うつ」効果を有することを説明すると思われます。

これらの抗精神病薬が純粋なうつ病のようなマニー要素が全くない場合にも有効なのか、まだ結論は出ていません。

このあたりについては、一面では、うつ病とは何かの定義の問題となります。抗うつ剤だけが有効で、抗てんかん薬も抗精神病薬も無効であるような状態を、純粋うつ病と定義できるのかもしれません。

薬剤と関係なく、疾病単位を厳密に決定できるようにして、その上で、薬剤の有効性を検証する必要があります。

興奮性要素をマニー要素と見て診断すれば、リチウム、抗てんかん薬、抗精神病薬が有効であると結論できます。その観点で、精神病理学や精神症候学が洗練されてゆくことが期待されると思います。(つづく)