現金か将来の約束か

政治家や役人の違法なお金の報道に接して思うのだが、やはり人を信じられないし、人は人を裏切るのが常なのだ。
仕事上の立場に関係して便宜を図ったとして、そのお返しは、現金に限らず、将来の見返りの約束でもいいはずである。
義理と人情の世界はそういうものだろう。
Loyalty (the quality of remaining faithful to your friends, principles, country etc)、つまり忠誠心である。
リスペクトする人物や主義に対して、信義を保ち続けることである。

しかし、人間は恩知らずであり、約束を忘れ、常に裏切る。核兵器は先制攻撃したほうが常に勝利するが、恩義は、先に与えてしまったほうが、負である。それを返すか返さないかは、相手次第になったしまう。そしてほぼ裏切る。またはマイルドに表現して、恩を忘れる。

また忠誠心を保つためには、尊敬が持続しなければならない。尊敬に値する人物があってはじめて、忠誠心が実現する。

そのような事情があるので、将来の約束や義理人情などを信用せず、現在の目の前の現金で決済してしまうのだ。
そして、将来、恩返ししてもらったときには、またお金を介在させて、精算する。
こうすれば、裏切りを防止できる。

なにか便宜を与えたとしても、現金も何も動いていなければ、罪を問うことは簡単ではない。将来、何かのときには、命がけで恩を返してくれという口約束ならば、法が動くことも難しいだろう。
しかしそのような綺麗事の約束は信じることができないのが人間の現実なのだろう。
そのようにして、人間を信じない者だけが、偉くなってゆく。