うつ病について【患者さんとご家族のためのパンフレット】
【目次】
第一章 診断
1.1—自分や周囲の良いところが見えなくなるうつ病—
1.2—早いうちにみつけて早く治すことが大切—
1.3—うつのチェックリスト—
1.4—環境の変化や仕事のストレスが引き金に—
1.5—ほかの心の病気とうつ病の関係—
第二章 治療
Step1. 急性期 薬ののみ始めから、うつ病の症状を改善するための治療期間
2.1.1—うつ病の急性期とは?—
2.1.2—まずは、十分な心の休息が必要—
2.1.3—薬は脳の機能不全を改善させる—
2.1.4—抗うつ薬の効果はゆっくりと—
2.1.5—重大な決断は避ける—
2.1.6—治療の経過に振り回されない—
2.1.7—自分を傷つける行為はしない—
Step2. 回復期 元の生活へ戻していくための治療期間
2.2.1—うつ病の回復期とは?—
2.2.2—回復期には振り返りと整理を—
2.2.3—急性期から回復期の治療に移るタイミング—
2.2.4—薬による治療を維持することの大切さ—
2.2.5—回復期の状態は「かさぶた」と同じ—
2.2.6—睡眠のリズムを整える—
2.2.7—やってみようと思うことの半分からスタート—
2.2.8—職場への復帰をシミュレーションしてみましょう!—
2.2.8.1 stage1 そろそろ職場への復帰を考えましょう」と担当の医師にいわれる
2.2.8.2 stage2 うつ病になった当時のことを少し整理してておく
2.2.8.3 stage3 職場にリハビリとして徐々に復帰する。
2.2.8.4 stage4 可能であれば、「元の職場」に復帰することを前提にする
2.2.8.5 stage5 実際に会社で働き出す
Step3 うつ病の再発予防のために大切なこと
2.3.1—うつ病の再発予防—
2.3.2—うつ病を再発させないために(ストレスコントロール)—
2.3.3—再発予防のための薬剤の維持療法とは—
2.3.4—不眠が現れたら要注意—
2.3.5—薬の終了時の減らし方(徐々にやめる)—
2.3.6—物事のとらえ方を調整する(認知行動療法)—
第三章 ご家族に方に
Step1.急性期のサポート
3.1.1—うつ病の急性期にできること—
3.1.2—患者さんはすべてが否定的—
3.1.3—十分に休息できる環境を—
3.1.4—うつ病が良くなるための全体像—
3.1.5—抗うつ薬の効果はゆっくりと—
3.1.6—急性期はできるだけ病院への付き添いを—
3.1.7—「励まし」と「気晴らし」は逆効果—
3.1.8—重大な決断は先延ばしに—
3.1.9—できるだけそばにいる—Being with+positive expectations
Step2 うつ病の回復期のサポート
3.2.1—うつ病の回復期とは—
3.2.2—回復期の治療の意味—
3.2.3—気になる症状は医師に相談を—
3.2.4—睡眠のリズムを整える—
3.2.5—ご家族が優先順位を確認し適切に「応援」を—
3.2.6—「気晴らし」に誘ってみるのは慎重に—
3.2.7—症状の波を気にしすぎない—
3.2.8—共倒れをしないために—
Step3 うつ病の再発予防のサポート
3.3.1—再発予防の大切さ—
3.3.2—うつ病の再発を防ぐための家族の役割—
3.3.3—不眠が現れたら要注意—
以上目次終わり。
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第一章 診断
1.1—自分や周囲の良いところが見えなくなるうつ病—
ストレス過多で疲れたときや人間関係がこじれたとき、体の病気にかかって思うように動けなくなったときなど、気持ちが沈んで孤独感が強まることは誰にでもあります。うつ病はいわば、こうした「心のエネルギーが減った状態」が長引いて悪循環に陥り、そこから抜け出しにくくなった状態です。
うつ病になると、ものの見方が極端に否定的になり、普段なら気にならないちょっとしたことでもくよくよ落ちこんだり、これまで楽しめたことが楽しめなくなります。
例えば、健康な人なら誰でも「おいしいものを食べたい」と思うものですが、うつ病になるとこうした普段楽しめていたことに対する興味がなくなります。
憂うつな気分は涙もろさや今までにない寂しさも引き起こし、実際にはサポートしてくれる家族や友人がいるにもかかわらず、「誰も助けてくれない」という否定的な思いこみが強くなります。また、ささいなことでイライラして物事に集中できなくなり、仕事や家事がうまくこなせなくなって、「自分はダメなやつだ」「同僚や家族に申し訳ない」と自分を責める気持ちも出てきます。
この自責感が高じると、「自分なんか要らない」という考えに発展して、離職や離婚、あるいは自殺という最悪の事態を引き起こす恐れがあります。うつ病がベースにあると考えられる自殺は決してまれではなく、この点がこの病気の最も深刻な側面です。
うつ病は心の病気であり、そして脳が関係する病気ですが、脳がコントロールしている心と同時に体にも症状が現れるという特徴があります。
体の症状として代表的なのが、夜中や朝方に目が覚めたり、なかなか寝付けないといった睡眠障害で、うつ病患者さんの9割以上にみられます。
このほか、食欲が落ちる、体がだるい、疲れやすい、口が渇く、便秘、下痢、めまい、ふらつき、動悸、頭痛といった、いわゆる自律神経失調症の症状も伴います。そのため体の病気を疑って、内科を受診する人が意外と多いのです。
1.2—早いうちにみつけて早く治すことが大切—
健康なときにもある「うつ」と、「うつ病」の違いは、症状の強さとその持続期間が一つの目安になります。疑わしい症状が2週間以上続く場合は、とりあえず近くのかかりつけ医を受診してみるのも一つの方法です。
ちょっとした憂うつであれば、基本的に日常生活の障害にはなりませんが、うつ病になると、これまで普通にできていた仕事や家事がひどく負担に感じるようになります。
そのため発症から時間がたつにつれ、職場の同僚や家族との関係が悪化し、それがさらに本人を追いつめるという悪循環が起こってしまいます。
環境が悪化し、離職や離婚といった事態に突き進んでしまうと、その後に治療を始めても悪化した環境がストレス源になったり、周囲からのサポートも得にくくなってしまいます。
したがって、うつ病による悪影響をできるだけ抑え、治療効果を上げるためには早期発見、早期治療を心がけることが大切なのです。
うつ病の症状は一般に午前中に強く出て、夕方以降少し楽になる傾向があります。夕方から夜の少し元気そうな様子をみた周囲の人が、「なまけているのではないか」と誤解してしまうことがあります。
その際には、うつ病かどうかを見極めてもらうと同時に、うつ症状の裏に体の病気が隠れていないかどうかも検査してもらいましょう。
1.3—チェックリスト—
【注意】
このチェックシートは、疾患の診断に代わるものではありません。チェックの結果、問題や異常がなくても、不安や気になることがあれば必ず医療機関を受診してください。
1□物事に対してほとんど興味がない、または楽しめない
2□気分が落ち込む、憂うつになる、または絶望的な気持ちになる
3□寝付きが悪い、途中で目が覚める、または逆に眠りすぎる
4□疲れた感じがする、または気力がない
5□あまり食欲がない、または食べすぎる
6□自分はダメな人間だ、人生の敗北者だと気に病む、または自分自身あるいは家族に申し訳がないと感じる
7□新聞を読む、またはテレビを見ることなどに集中することが難しい
8□他人が気づくぐらいに動きや話し方が遅くなる、あるいはこれと反対にそわそわしたり、落ちつかず、普段よりも動き回ることがある
9□死んだ方がましだ、あるいは自分をなんらかの方法で傷つけようと思ったことがある
上記の症状が2週間以上続いていたら、うつ病の可能性があります。特に9に当てはまる場合は深刻なので、早めに医療機関を受診して医師に診断してもらいましょう。
1.4—環境の変化や仕事のストレスが引き金に—
うつ病のきっかけの一つは環境の変化です。うつ病になる人は、人に頼まれるとイヤといえずに多くの仕事を抱えこんでしまうことが多いようです。また、他人に頼み事をするのが下手という傾向が、周囲からのサポート不足という状況を引き起こす場合もあるようです。
そうした状況でも、徹底的に頑張ろうとしてしまうため、無理がかかって次第に心のエネルギーが不足し、ものの見方にゆがみが生じがちです。
職場では昇進や転勤、配置換えなどで、それまでとは違う役割を振り当てられてストレスが高まったことが、発症のきっかけになるケースも多いようです。
また、女性の場合は引っ越しで環境が変わったり、出産や閉経で女性ホルモンが減少することもきっかけになります。
人が一生のうちにかかるうつ病の割合(生涯有病率)は男性に比べて女性の方が約2倍高いことがわかっています。この理由の一つとして女性ホルモン変化が影響すると考えられています。
女性のうつ病で、特に社会的な影響が大きいのは出産前後に発症する周産期うつ病です。というのも、うつ病の発見が遅れると、母親の状態が子供の発達にまで影響を及ぼす恐れがあるからです。出産後、気分が不安定になったり、落ちこんだりする、いわゆる「マタニティーブルー」を経験する人は少なくありませんが、通常は1週間程度で良くなります。この状態がもし、長引くようならうつ病に進展している可能性があります。
うつ病にかかると、たとえ望んで産んだ子供でも、かわいいと思えず、子育てに自信がなくなります。そうした気持ちを抱く自分を「母親失格」と決めつけて落ちこみ、自分の責任を果たそうと頑張るものの、思うようにこなすことができないために苦しみます。
本人同様、周囲の人もつい、慣れない子育てのせいで精神的に不安定になっていると思いがちですが、うつ病が隠れている可能性も考慮する必要があるのです。
1.5—ほかの心の病気とうつ病の関係—
うつ病はほかの心の病気と同時に起こる(併発する)ケースも少なくありません。例えば、主に不安を症状とする心の病気がいくつかありますが、それらはいずれもうつ病と併発する場合があることが知られています。
中でも、しばしば起こる心の病気としては、突然、動悸がして、自分が死ぬのではないかという不安感が高まるパニック障害で、約半数にうつ病が併発すると報告されています。
また、うつ病のように見えて、実はうつ期と躁期を繰り返す双極性障害(躁うつ病)であるケースも少なくありません。躁期とは、いわゆる「ハイ」な状態の期間で、「睡眠時間が短くても頑張れる」「良いアイデアが次々浮かぶ」一方で、「妙にイライラして腹が立つ」といった症状がでます。
かつて、躁うつ病は100人に1人程度の人に起こるとされていましたが、近年はもっと多いと考えられるようになっています。ところが、躁うつ病患者さんの多くは、単なるうつ病と誤解されることが多いということもわかっています。
この誤解の理由の一つに、躁期が病気の期間全体の10%以下と短く、うつ期が非常に長いという点があげられます。また、うつ状態の時には、患者さん自身が苦しく、助けを求めて医療機関を受診することが多いのですが、躁状態の患者さんは気分も調子も良く、自分が異常な状態だと思わない、という点も理由に挙げられます。
うつ病がほかの心の病気と併発している場合や躁うつ病の場合などは、単なるうつ病とは違う治療が必要です。抑うつ状態だけでなく、強い不安や息苦しさを感じることや、振り返って考えると元気すぎる時期がある場合は、早めに医療機関を、しかもできるだけ精神科を受診しましょう。
第二章 うつ病の方に知っておいてほしい治療のプロセス
—うつ病の治療—
うつ病の回復と再発予防に向けた治療の経過には大きく分けて、急性期・回復期・再発予防の三つのステップがあります。各治療期で目的、薬の服用、日常生活で注意することなどが異なります。そのため、あなたが今、どの段階にいるのかを把握し、各治療期の特徴を理解しておくことは今後の治療をスムーズに進めるためにも大切です。
Step1. 急性期 薬ののみ始めから、うつ病の症状を改善するための治療期間
Step2. 回復期 元の生活へ戻していくための治療期間
Step3. 再発予防 うつ病の再発を予防するための治療期間
—Step1. 急性期 薬ののみ始めから、うつ病の症状を改善するための治療期間
2.1.1—うつ病の急性期とは?—
うつ病の急性期とは、気分の落ちこみ、不安、イライラ、不眠、食欲の低下など、うつ病のつらい症状を改善していくための期間です。
うつ病は、治療を始めてすぐに改善を目指そうとすると、焦る気持ちから不安が強くなり、逆に回復が遅れてしまうことがあります。また、回復の過程には、良くなった後で少し逆戻りすることもよく起こります。
「焦らず、じっくりと」治療に取り組んでいきましょう。
急性期の治療で大切なことは、『心の休息』と『薬の服用』です。
2.1.2—まずは、十分な心の休息が必要—
うつ病患者さんは、「休むことは悪いことだ」「休んでいる自分はダメな人間だ」と考えてしまいがちです。
しかし、例えば、糖尿病の患者さんが、「甘い物が好きだから」といって、甘い物を食べ続けながら糖尿病の薬を服用しても効果は期待できません。
同じように、うつ病も過度のストレスがかかった状態のままでは、治療の十分な効果は期待できません。
これまで一人で抱えてきた負担をいったん軽くして、十分な心の休息をとることが大切です。
2.1.3—薬は脳の機能不全を改善させる—
うつ病は「気のもちよう」ではなく、脳の機能不全が関係しています。
ストレスになるような出来事が重なり、周りのサポートも十分に得られない状況が続くと、ストレスを脳が処理しきれずにパンクしてしまい、脳の機能不全が起こります。
その結果、脳が決めている「ものの見方」が極端に悪い方向に向かい、自分の今の状況をより悪く感じたり、周囲のサポートは頼りにならないと考えたりして、悪循環が形成されてしまいます。
薬と休息には、この悪循環の中心となっている脳の機能不全を改善させる働きがあります。
2.1.4—抗うつ薬の効果はゆっくりと—
抗うつ薬は、のみ始めてすぐには効果が現れず、しばらく服用を続けていると徐々に症状が改善されてくるという特徴があります。
一方、のみ始めは効果よりも副作用を感じることが多い期間ですが、多くの場合、のみ続けると、やがて副作用は治まってきます。2週間と言われています。
のみ始めは、体を薬に慣らす期間ともいえます。薬に関する心配事があるときには、まずは担当の医師にどうするのが良いか相談するようにしましょう。
2.1.5—重大な決断は避ける—
うつ病のときは、ちょっとした失敗でも、「とんでもないことをしてしまった」「自分はダメな人間だ」と考えがちです。
さらに、「こんな自分がこの職場にいても、迷惑をかけるだけだ」などと考え、退職などに突き進んでしまうことがあります。この「退職」という決断は、うつ病によってものの見方が否定的になっているために生じているものであり、患者さん本来の考え方ではない可能性があります。
「仕事をどうするか?」などの重大な決断は、うつ病から回復し、本来のものの見方、考え方ができるようになってから行うようにしましょう。
また、せっかく治療を始めても、否定的なものの見方に基づいて退職や離婚をしてしまった結果、とりまく環境が悪化して、新たなストレスが引き起こされたり、周りからのサポートが得られにくい状況を招いてしまったりすることもあります。
2.1.6—治療の経過に振り回されない—
うつ病は良くなったり、悪くなったりを繰り返しながら、徐々に回復していく病気です。
調子が良くなると、仕事や家事を始めたくなりがちですが、ここで頑張りすぎると、次に悪くなる波が来たときの落ちこみがひどくなります。
調子が良いと感じたときは抑え気味にして、少しずつ元の生活に戻すようにしましょう。
また逆に、調子が悪くなったときに焦ってジタバタすると、調子がますます悪くなります。調子の悪さは徐々に抜けていきますので、通り過ぎるのをじっと待つことが必要です。
2.1.7—自分を傷つける行為はしない—
うつ病の急性期には、すべてに自信をなくして「消えてしまいたい」と思うこともあります。
しかし、このような気持ちは、うつ病の症状であり、治療によって消えていくものです。
また、「楽しめない」「興味がもてない」というのも症状の一つで、うつ病が改善すれば、また生活を楽しむこともできるようになります。
今は、出口のないトンネルの中にいるような感じでも、その先には光があることを信じて、治療を続けてください。
耐えられないようなつらさが押し寄せてきたら、抱えこまず、家族や医師に話してください。
—Step2. 回復期 元の生活へ戻していくための治療期間
2.2.1—うつ病の回復期とは?—
うつ病の回復期とは、急性期の治療によって最もつらい症状が和らぎ、症状が安定してくる時期です。心と脳の休息が重要であった急性期から、社会復帰に向けたリハビリに移り、睡眠のリズムを整え、図書館に通ったり、「やってみたい」と思えることを徐々にやってみて、少しずつ昼間に活動する時間を増やしていきます。
一方、うつ病患者さんの多くは、眠れない、やる気が出ない、不安で落ち着かない、などの一番つらく感じていた症状が軽くなってくると、「早く復帰しなくては」という気持ちが先に立って、つい無理をしてしまいがちです。
しかし、調子の波に振り回されずに一歩一歩、自分なりの生活を取り戻していく回復期の治療は、病治療のゴールに向かうための重要な期間です。
「今の状態はどの程度の段階にあるのか」ということを確認したうえで、「次は何をやるのか」という目標を定め、一人で問題を抱えこまずに、医師と相談しながら、焦らずゆっくりと進んでいきましょう。
2.2.2—回復期には振り返りと整理を—
うつ病治療の最終目標は、「ある程度、症状が和らぐこと」ではなく、例えば働いていた方なら、仕事に復帰して働けるようになるなど、「その患者さんに応じた生活を取り戻すこと」を目指します。ただし、以前と全く同じ働き方をすれば、「ストレスになる出来事を重ね」「一人で抱えこみ」、再びうつ病という「落とし穴」にはまってしまう可能性があります。
従って、回復期では「今回うつ病になる前に、どのような状態にあったのか」ということを十分に振り返り、「今後、どのように働くのか」を整理して、対応策を立てておくことが重要です。
2.2.3—回復期の治療に移るタイミング—
仕事や家庭生活への復帰を考えるタイミングは、最も重要なポイントです。特に、会社を休職している患者さんにとっては、一日も早く会社に復帰して働きたいという思いが強いものです。
急性期にみられた憂うつな気分、不安、自分を責める気持ち、消えてしまいたいと思うことなどの症状が軽くなり、主に「おっくうさ」は残っているという状態になったら、復帰へのリハビリを考え始める目安と考えられています。
2.2.4—薬による治療を維持することの大切さ—
「症状も良くなってきたので、仕事や家庭生活に復帰する準備を少しずつ始めましょう」と担当の医師にいわれると、うつ病が治ったと思い、それまで続けていた治療をやめようと思う患者さんがいます。しかし、うつ病はぶり返す可能性のある病気です。回復期も急性期と同じ薬の量で、少なくとも半年間は治療を維持していくことが基本とされています。
薬には、「悪くなった状態を良くする働き」と「良くなった状態を維持する働き」の二つがあることを理解してください。
また、故意に薬をやめるつもりがなくても、仕事や家庭生活への復帰を始めると朝が忙しくなったり、昼は外に出ることが多くなりますから、のみ忘れがないように注意しましょう。
うつ病の治療を進めるうえでとても難しいのが、「自分の状態が目にみえない」ということです。ケガをしたときのように傷口が見えたり、糖尿病や高血圧のように血糖値や血圧という数値として異常が目にみえれば、「今はまだ完全に沿っていないから、きちんと治療を続けよう」と思えるのですが、うつ病の場合は、自分の状態が良いのか、悪いのかがわかりにくいものです。
このため「先生は治療を続けるようにいっているけど、最近は調子がいいから、もう大丈夫だろう」と自己判断で薬の服用をやめてしまいがちです。
2.2.5—回復期の状態は「かさぶた」と同じ—
しかし、回復期に入った状態は、傷口にたとえるとまだ「かさぶた」の状態です。「かさぶた」ができると、血は流れていませんし、痛みも和らいでいます。しかし、本当の皮膚ではないので、本当の皮膚より弱く、ちょっとしたことで傷つきやすく、柔軟性にも欠けるので、動きもぎこちない状態です。
生活が軌道に乗るまでは、薬が「傷口の絆創膏である」と考え、今までどおりに担当の医師に従って薬の服用を続けてください。
また、復帰を目指して、つい一人で頑張りすぎてしまうと、せっかくふさがってきた「かさぶた」が取れて傷口が開いてしまうことがあります。
1回目の傷よりも、同じ場所を2回傷つけたときの方が治りは悪くなります。そして、何回か繰り返しているうちに跡が残り、元通りに治らなくなってしまうこともあります。
うつ病もこれと同じように、「かさぶた」の状態で無理をしたり、治療をやめてしまい、再発を繰り返していると、ちょっとしたストレスや問題でも状態が悪化して、治りにくくなってしまうことがあります。
そのため、症状が和らいで調子が良い時期も、周りと相談しながら少しペースを抑え気味に進めていくことと、この時期も治療を続けることが重要です。
2.2.6—睡眠のリズムを整える—
うつ病の症状として「眠れない・・・」という睡眠障害がよく現れます。
急性期には特に強く現れ、寝つくことはできても、夜中に目が覚め、一度目覚めてしまうと、朝まで眠ることができずに悶々としているうちに朝が来てしまい、眠った気がせずにだるさが残るという状態が続く患者さんが多くいます。そのため、昼間に眠ってしまって、昼夜の生活が逆転してしまう場合もあります。
急性期は心の休息が最優先で、「眠りたいときに眠り、起きたいときに起きる」「自分が楽と思えるやり方で過ごす」ことが目標ですから、これでよかったのです。
しかし、症状が安定してきた回復期では、朝は布団から出て、太陽の光を浴びる、昼間は散歩に出るなどして徐々に活動を増やしてみる、そして、夜も遅くまで起きていないように睡眠と覚醒、休止と覚醒のリズムを整えていきます。
ただし、「睡眠がよくとれるようになっていたのに、また眠れなくなってきた・・」というときには、うつ病がぶり返している可能性もあります。睡眠の状態について意識しておくと、今の状態が良いか悪いかを知る目安にもなります。
2.2.7—やってみようと思うことの半分からスタート—
睡眠のリズムを整えていくためには、昼間に何か活動を行い、徐々に行動量を増やしていく必要がありますが、「昼間に何をやるか?」については、「無理やりやる」「誰かにいわれたからやる」のではなく、「自分でやれそうだと思うこと」「やってみたいと思うこと」から始めてみることが大切です。
また、活動・行動を開始するときの基本は、「やってみようと思うこと」の「半分くらい」からスタートしてみることです。
そして、何かやってみた後には、「やってみて楽しめた部分はあるか」「疲れはどうだったか」ということを自分自身で確認すると同時に、周囲とも話し合ってみてください。
その結果、50%(半分)が大丈夫であったのなら、次回は少し60%にしてみる。無理をしているようなら、50%を40%に減らしてみる、といった調整をしてみましょう。
回復期で大切なことは、最初から100%完璧を目指そうとせずに一歩ずつ、そして、一人で抱えこまずに周囲の助けを借り、周囲の評価を受け入れながら進めていくことです。
例えば、「料理を作ってみよう」と思ったらすべての料理を自分で作りたくなるところですが、一品だけは自分で作ってみて、ほかは助けてもらったり、お総菜を買ってくる。
「友達に会ってみよう」と思ったらゆっくり話したいから食事も一緒にしたいところですが、1時間以内のティータイムにする。
睡眠リズム表を含む、活動記録をつけてみるのもいいことです。
2.2.8—職場への復帰をシミュレーションしてみましょう—
もともと仕事をしていた方がうつ病のために休職した場合、どのようにして職場へ復帰したらよいのかを自分一人で考えていると、職場復帰がとても大変なことのように思えてきます。これまで一緒に治療をしてきた担当の医師、治療の生活を支えてくれた家族、そして復帰する職場の方々と相談しながら、復帰への道筋を進めていきましょう。
2.2.8.1 stage1 そろそろ職場への復帰を考えましょう」と担当の医師にいわれる
2.2.8.2 stage2 うつ病になった当時のことを少し整理してておく
Point
うつ病になってしまったときの状況を振り返っておくことが大切です。どのような状況で、ご自身が調子を崩してしまったのかを確認し、復帰以降、再び同じ様な状況が起こったときに、どのような対処方法が可能なのかを検討します。例えば、いくつかの問題が重なっていたなら「優先順位をつけて重ならないようにする」、一人で抱え込んでいたなら「周囲と相談して抱え込まないようにする」といった対処方法をとることです。
2.2.8.3 stage3 職場にリハビリとして徐々に復帰する。
リハビリは重要なので、可能なら、担当の医師が職場の関係者(産業医や上司)と直接話し合う。
Point
復職するときは、睡眠と覚醒のリズムを整えることが必要です。また、しばらく使っていなかった仕事のための力を取り戻すことが大切です。したがって、一気に100%の力で仕事をするのではなく、最初は「電車に乗る」、乗れたら次は「会社の前まで行く」、行けたら次は「半日だけ勤務する」というように、リハビリとして段階的に復帰するようにします。さらに、職場で色々な人と接することにも徐々に慣れていくことが必要です。
リハビリはとても重要なので、医師が職場の関係者と直接、これからどのように復職していくのか話し合う機会をもつことがあります。直接話をすることで、医師は復帰後の職場状況の確認ができるので、復帰する前の治療目標を立てることが可能になりますし、職場の関係者も担当の医師の意見を参考にして復帰支援を組み立てることもできます。
最近は、職場でリハビリ出勤などの対応がない場合、職場復帰に向けてのリハビリを行えるリワーク施設もあります。
2.2.8.4 stage4 可能であれば、「元の職場」に復帰することを前提にする
Point
「今までいた職場が自分に合わないからうつ病になった」という考え方は、うつ病によりものの見方が極端に否定的になっている場合が多いようです。「今までの職場は自分に合わないところもあるけれど、仕事としてやれる部分もあるし、仕事仲間として支えてくれる人もいる」と考えましょう。もとの職場で働けることが、その後のご本人にとっても理想的です。
違う会社や部署に復帰しても、そこでの人間関係や職場環境が合うかどうかはわからず、新しい職場に適応するためには相当なエネルギーが必要となるため、さらに大きな負担となる場合があります。
2.2.8.5 stage5 実際に会社で働き出す
Point
しばらく休んでいる間に、状況は変化しています。最初の1ヵ月は「職場の状況がわかること」「そのために周囲の人に聞くこと」を目標にしましょう。また、職場の状況がわかって仕事をやり始めたら、6カ月かけて本来の自分のペースに戻す気持ちで少しずつ仕事を増やしてください。また、少しずつ仕事を増やしていく中で、「今は何をやり、何はやらないのか」という優先順位をつけるようにしましょう。
一番大切なことは、一人で抱え込まずに、周囲の人と相談しながら進めていくことです。
Step3 うつ病の再発予防のために大切なこと
2.3.1—うつ病の再発予防。うつ病の治療が回復期まで進み、元の生活とほぼ同じように生活を送れるようになったら、次にうつ病の再発予防を考えます。
うつ病はきちんと治療を受ければ回復する病気ですが、一方でぶり返す可能性のある病気だといわれています。
この時期は、症状が軽くなってきたと感じるため、患者さんの中には治療をやめたいと思う方もいます。しかし、薬には、「状態を良くする」という働きと、「良い状態を維持する」あるいは「再発を予防する」という働きがあります。個人差はありますが、症状が良くなっても、初めてうつ病になった方で、およそ半年間は薬の服用を続ける必要があります。
2.3.2—うつ病を再発させないために—
うつ病はきちんと治療すれば改善するものの、その後、再発する可能性がある病気だといわれています。
うつ病の患者さんを対象に長期的な経過を見た調査では、急性期の後に維持療法を行わなかった場合、かなりの患者さんがうつ病を再発したことが報告されています。
しかし、過度に再発を心配する必要はありません。ここには「維持療法を行わなかった場合」という条件がついています。言い換えれば、薬剤の維持療法を行うこと、ものの見方を調整すること(認知行動療法)で再発は予防できるのです。
したがって、現在のうつ病治療は「いかに急性期を乗りきるか」だけではなく、「いかにしてうつ病の再発を予防し、良くなった状態を維持するか」ということに重点が置かれています。
うつ病は再発を繰り返すことによって、薬の効きが悪くなり改善しにくくなります。そのため、薬の服用を継続して、「良くなった状態を維持すること」が重要であると考えられています。
2.3.3—再発予防のための維持療法とは—
うつ病の再発を予防するための「維持療法」とは、元の生活や職場に復帰できた後も、薬による治療を継続することです。ある研究では、抗うつ薬による維持療法を行った場合は、維持療法を行わない場合に比べて再発する頻度が低くなることが報告されており、うつ病の再発予防のためには維持療法の効果が認められています。
うつ病の再発を何回か繰り返した患者さんや、まだ症状が残っている患者さん、重症のうつ病と診断された患者さんでは、1〜3年程度の長期にわたり治療を継続する必要があります。抗うつ薬の維持療法をどのくらい続けるかについては、医師と十分に相談していただくことが重要です。
また、抗うつ薬の維持療法による再発予防以外には、ものの見方を調整する認知行動療法を行うと、再発する頻度が低くなるという報告があります。
2.3.4—不眠が現れたら要注意—
うつ病の再発を予防するためには、状態が悪くなっているサインに少しでも早く気づき対処することです。そのサインとして不眠が現れるようになったら、要注意。気分的に落ちこむことはなくても、朝早く目覚めてしまうようになったり、夜中に何度も目が覚めるような場合は、「少し疲れているんだろう…」と流さずに医師に相談してください。
2.3.5—薬の終了時の減らし方—(うつ病の薬は、のむのを終了するとき、徐々に減らしていきます)
うつ病の薬をのむのを終了するときには徐々に減らしていくのが一般的です。ある日突然、服用をやめることはしません。うつ病の治療で使用する抗うつ薬は、突然服用を中止すると頭痛やめまい、不安感などの症状が現れることがあるためです。
また、時々、担当の医師の指示に従って徐々にのむ量を減らしていても、頭痛やめまいなどの症状が現れることがあります。患者さんの中には、「症状が悪くなったのではないか、再発したのではないか・・」と焦る方もいますが自己判断せずに、まずは担当の医師に相談してください。薬を減らすペースをもう少しゆっくりにするなどの対処方法があります。
2.3.6—物事のとらえ方を調整する—
うつ病の再発予防のためには、うつ病を招きやすくしている思考パターンを少しずつ変えていくことも重要です。
人はある「状況」に遭遇したときにその「状況」をどうとらえるかによって、感情や行動に変化が生じます。
例えば、職場でいろいろな仕事を抱え、仕事がたまっているときに、「とても自分にはできない・・」と考えてしまうと、焦って「イライラする」「不安になる」という感情が起こり、それによって「仕事が手につかない」という行動の変化が生じます。また、そのような不安感によって、「胸がモヤモヤする」などの体の症状が現れて来ます。
ところが逆に、「たまった仕事」を見た瞬間、「自分のやれる範囲で頑張って、できないところは誰かに助けてもらおう」と考えれば、感情や行動の反応は全く違ってきます。
このように、物事のとらえ方は日常生活を送るうえでの心や体にかかるストレスに影響を及ぼしています。しかし、物事のとらえ方というのは、その人の中に長い間染みついてしまった癖のようなもので、一人で変えていくのはなかなか大変な作業です。
そこで、抗うつ薬での治療に加え、認知行動療法という治療法により、うつ病を招きやすくしている物事のとらえ方を修正していく治療を行います。患者さんに質問したり話を聞いたり、面接で話し合ったことを、患者さんの宿題として実生活で実践してもらい、その結果を次の面接で振り返る、などの課題を行います。
このような過程を経て、患者さんの考え方の癖や物事のとらえ方が極端になっていることに患者さん自身が気づき、ご自身で修正することが出来るように手助けします。病院に通院しながらうつ病の治療を続けることの意義は、このように、一人では困難な治療を担当の医師とスタッフの協力を得ながら一緒に進めていけることです。
第二章終わり
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第三章 ご家族や周囲の方に知っておいてほしいこと
~うつ病患者さんのサポート~
うつ病の治療経過には、急性期・回復期・再発予防の三つのステップがあり、各治療期で目的、薬の服用、日常生活で注意することなどが異なります。そのため、あなたの大切な人が今、どの段階にいるのかを把握し、各治療期の特徴を理解して治療をサポートすることは今後の治療をスムーズに進めるためにも大切です。
Step1.急性期のサポート 薬ののみ始めから、うつ病の症状を改善するための治療期間
Step2.回復期のサポート 元の生活へ戻していくための治療期間
Step3.再発予防のサポート うつ病の再発を予防するための治療期間
3.1.1—うつ病の急性期にできること—
治療の開始を円滑にするために、ご家族ができるサポートについて説明します。
うつ病の急性期とは、気分の落ちこみ、不安、イライラ、不眠、食欲の低下などのうつ病のつらい症状を改善していくための期間です。急性期は最もうつ病の症状が重く、患者さんは症状のつらさを訴えるだけでなく、考え方や発言もこれまでのご本人とは思えないくらい否定的になっています。そのため、周囲の方にとっても理解しにくいところがあるかもしれません。
まず、ご家族がうつ病について正しく理解し、可能であれば通院にも付き添うことで、医師と患者さんとご家族が一つのチームとなって治療を進められるようにサポートしてください。
3.1.2—患者さんはすべてが否定的—
急性期では、症状も重く、自分を責める気持ちが強いため、患者さんは何かにつけて物事を悪くとる考え方をしがちです(否定的なものの見方)。
しかし、こういった否定的なものの見方は、うつ病による脳の機能不全が原因で起こっている状態で、患者さん本来の考え方ではないことを理解しておくことが大切です。
ストレスになるような出来事が重なり、周りのサポートが十分得られずに、一人で抱え込む状況が続くと、ストレスのきっかけになった出来事を脳が処理しきれずにパンクしてしまい、脳の機能不全が起こります。
その結果、脳が決定している「ものの見方」が極端に悪い方向に向かい、自分の今の状況をより悪く感じたり、周囲のサポートは頼りにならないと考えたりする結果、悪循環が形成されてしまいます。うつ病とは、このような悪循環が形成された状態であるということをご家族も知っておくことが、これからのうつ病治療をサポートするうえでとても大切になります。
患者さんはものの見方が極端に悪い方に向かっているため、「こんなふうになったのは自分の弱さのせいだ」「(職場や家庭などの)環境に問題がある限り、治療を受けても良くならない」「自分だけがこんな目に遭っていて、誰もわかってくれないし、解決の方法があるとは思えない」という考えが強く、治療に積極的ではないことがあります。
大切なことは、患者さんが抱えている問題に共感しつつも、「心の問題は治療では治らない」という患者さんの考え方に巻き込まれないことです。
3.1.3—十分に休息できる環境を—
うつ病の急性期では、脳の機能不全を改善するために、薬と十分な心の休息、あるいは脳の休息が基本となります。しかし、否定的なものの見方が強くなっている患者さんは、「100点でなければ0点だ」とか「〜でなくてはならない」というように、ものの見方が極端になり、いくら「心の休息が大切です」と担当の医師にいわれても、「休むことは悪いことだ」「休んでいる自分はダメな人間だ」と考えて、休息をとる気持ちになりません。しかし、薬物治療の効果がしっかりと現れるようにするためにも、これまで一人で抱えてきた負担をいったん軽くして、十分な心の休息をとることが大切です。
患者さんが会社で働いている場合は「休職」という形をとったり、専業主婦の場合は自宅にいるとあれこれと気になるため「入院」という形をとったりして、今まで患者さんがストレスとなっていた環境から離れてもらい、休息できる環境づくりをサポートしてあげてください。
患者さんは、休むことが悪いことだと思っている一方で、何かやってみてもうまくいかずにどうしてよいかわからず困っているため、ご家族から「今は休むことが最優先だよ」といってもらえることで、心の負担はとても軽くなり、休もうという気持ちになれるでしょう。
3.1.4—うつ病が良くなるための全体像—
うつ病の治療が効果を上げるためには、薬だけ、休養だけ、環境の改善だけ、などのように、どれか一つの方法だけではなかなか十分な効果が得られません。うつ病の悪循環を止めるには、それぞれの状態を改善するための治療が全体としてうまくかみあう必要があります。
うつ病の急性期では、患者さんのものの見方が極端になっているため、まずはご家族がうつ病を治療するうえで必要なことを理解し、サポートしてあげてください。
また、個々の患者さんで、この悪循環がどのようにして起こっていたのかを、症状がある程度落ち着いた状態になってから、担当の医師と患者さんとで一緒に整理します。そして、自分がどのような状況でうつ病を発症してしまったのかを知っておきます。これは、再び同じような悪循環にはまり込まない、つまり「うつ病の再発」を避けるために、重要なプロセスです。そこで、患者さんが過去の状態を整理するサポートをしてあげてください。
3.1.5—抗うつ薬の効果はゆっくりと—
抗うつ薬は、のみ始めてすぐには効果が現れず、しばらく服用を続けていると徐々に症状が改善されてくるという特徴があります。
一方、飲み始めは効果よりも副作用を感じやすい期間です。主に、吐き気・むかつき・下痢など消化器への副作用が出やすいのですが、多くの場合は、飲み続けると、やがて副作用は治まってきます。飲み始めは、体を薬に慣らす期間ともいえます。
患者さんは薬をのみ始めてもすぐに効果が現れないことに焦りを感じたり、副作用のことで心配したりして、薬をのむのを自己判断でやめてしまうことがあるかもしれません。特に、うつ病の患者さんは否定的なものの見方が強いので、「やはり医療は役に立たない」「かえって自分は悪くなる」といった考えに陥りがちです。
そんなときには、ご家族が「薬に関する心配事はきちんと担当の先生に話して、どうするのが良いか相談しようよ」といって、薬をのむのを中断しないようにしてください。そして、診察にはご家族も一緒に付き添うと、患者さんも安心して通院できます。
3.1.6—急性期はできるだけ病院への付き添いを—
うつ病の急性期は可能な範囲で病院に付き添ってあげてください。ご家族からみた患者さんの様子を医師に伝えることは貴重な情報となります。
患者さんは病気のためにものの見方が極端になっており、実際よりも悪く自分の状態や周りの状況をとらえがちです。例えば、治療を始めてしばらくして、医師が「眠れるようになりましたか?」と聞いたとき、患者さんは「全く眠れずに苦しいです」と答えるかもしれません。しかし、実際には、治療を始めたころに比べればずいぶんと眠れるようになっていたり、朝早く目覚めてしまうことも減っていることがあります。
ところが、うつ病のときはダメな点を強く感じてしまうため、実際は0点ではないことも「0点だ」と思えます。一方、「こんなことをいっては医師からどう思われるだろう」といった考え方が強くなってしまい、心の中で心配していることを十分、医師に伝えられない場合もあります。医師は、ご家族から客観的な情報を得ることで、薬が効いているか、薬の量は適切であるかを判断することができます。
3.1.7—「励まし」と「気晴らし」は逆効果—
うつ病で元気のない患者さんに「頑張って」と声をかけたい気持ちは、ご家族なら当然です。しかし、うつ病の急性期では、休息によって心と体をしっかりと休めることが大切となるため、「励まし」や「気晴らし」は控える必要があります。
その理由は、うつ病の急性期では、不安感や落ち着かない感じ(焦燥感)があり、「今、何をやればよいのか、何をやらずにおけばよいのか」という優先順位がつけられない状態になっているからです。このため、ご家族から「頑張って」と励まされても、何を頑張ればよいのか、自分はどう頑張ればよいのかわかりません。
さらに、ものの見方が否定的になっているため、「家族の応援に応えられない自分はダメだ」と自分を責め、さらに状態が悪化してしまうこともあります。また、うつ病の急性期には、物事に対する興味や楽しいと思う気持ちがなくなっているため、気晴らしをしても楽しいと思えず、気晴らしをすることへの興味や関心がもてません。
しかし、ご家族や友人から、気晴らしに「旅行に行こう」「買い物に行こう」と誘われると、断っては悪いと考えたり、「せっかく誘ってくれているのだから一緒に行かなくては」と、「~しなければならない」という考え方が強く出てしまい、気晴らしも楽しめず、疲れるだけという結果になりがちです。
急性期のうつ病患者さんには、気晴らしを楽しめるだけのエネルギーがないことも知っておきましょう。
3.1.8—重大な決断は先延ばしに—
うつ病のときは、脳の機能不全によって物事を悪くとらえがちです。そのため、元気なときなら気にならないような、ちょっとした失敗でも「とんでもないことをしてしまった」「自分はダメな人間だ」と考えがちです。さらに、「こんな役立たずの自分がこの職場にいても、迷惑をかけるだけだ」などと考え、退職などに突き進んでしまうことがあります。
この「退職」という決断は、うつ病によってものの見方が否定的になっているために生じているのであり、患者さん本来の考え方ではありません。
そのため、患者さんが「会社を辞めたい」「離婚をしたい」など人生にかかわるような決断をしようとしていたら、そのまま同意するのではなく、「苦しい気持ちはよくわかるが、今は病気のために状況を整理するだけの余裕がないので、決断を焦らずにうつ病から回復し、本来のものの見方、考え方ができるようになってから、一緒に考えよう」と伝えて、急性期に重大な決断をして、後で後悔する結果にならないようにサポートしてあげてください。
3.1.9—できるだけそばにいる—Being with+positive expectations
うつ病は、きちんと治療をすれば治るものの、悪化するとつらさのために消えてしまいたくなることもあり、命にもかかわる重大な病気です。そのため、急性期ではできるだけ患者さんのそばにいてあげてください。朝、早くに目が覚めて不安が押し寄せてきたとき、隣で寝ているご家族の顔を見るだけで安心できるかもしれません。
特別なことができなくても、一緒に寝る、ご飯を食べるなど、生活を共にするだけで、患者さんにとっては大きな支えとなっています。
—もしも「消えてしまいたい」といわれたら—
うつ病がひどいときに、もし、「こんなにつらいなら、もう消えてしまいたい」と患者さんが口にしたときには、すぐに医師に相談してください。患者さんのつらさを受け入れながらも、自ら命を断たないという約束をしてもらうことが必要です。
病院でも医師は、まず患者さんと「自分から命を断たない」ことを約束しますが、誰よりも深いつながりのあるご家族と約束していただくことに意味があります。「消えてしまいたい……」という気持ちはうつ病の症状であり、治療によって消えていくものです。患者さんが万一、自ら命を断とうと考えても、ご家族がすぐそばにいることで、踏みとどまる気持ちになることもあるのです。
Step2 うつ病の回復期のサポート
~社会復帰を目指すご本人のためにご家族ができるサポート~
3.2.1—うつ病の回復期とは、急性期の治療によって最もつらい症状が和らぎ、症状が安定してくる時期です。心と脳の休息が重要であった急性期から、社会復帰に向けたリハビリに移り、睡眠のリズムを整え、図書館に通ったり、「やってみたい」と思えることを徐々にやってみて、少しずつ昼間に活動する時間を増やしていきます。
一方、症状が和らぐと、患者さんはつい「早く社会に復帰しなくては」という気持ちが先に立って、無理をしてしまいがちです。ご家族に適度なブレーキをかけていただくことが重要です。
また、治療を始めて半年以上が経過し、サポートするご家族にも少し疲れが出る時期です。ご家族も一人で抱え込まずに、担当の医師と相談しながらチームで治療を進めていきましょう。
3.2.2—回復期の治療の意味—
うつ病治療の最終目標は、「ある程度、症状が和らぐこと」ではなく、例えば、働いていた方なら、仕事に復帰して働けるようになるなど、「その患者さんに応じた生活を取り戻すこと」です。ただし、以前と全く同じ働き方をすれば、「ストレスになる出来事を重ね」「一人で抱え込み」、再びうつ病という「落とし穴」にはまってしまう可能性があります。
従って、回復期では「今回うつ病になる前に、どのような状態にあったのか」ということを十分に振り返り、「今後、どのように働くのか」を整理して、対応策を立てておきます。患者さんがうつ病を発症してしまった当時のことを思い出すのは難しい場合もあります。状況を整理するために、ご家族がサポートをしてあげてください。
また、うつ病患者さんの多くは、眠れない、やる気が出ない、不安で落ち着かない、などの一番つらく感じていた症状が軽くなってくると、つい「早く復帰しなくては」という気持ちが先に立って、無理をしてしまいがちです。ご家族がブレーキをかけることで、調子の波に振り回されずに、一歩一歩、患者さんなりの生活を取り戻していけるようにサポートしてあげてください。
3.2.3—気になる症状は医師に相談を—
抗うつ薬の副作用として「性機能障害」「月経不順」「体重増加」などが認められることがあります。急性期でうつ病の症状がつらかったころは気にならないのですが、症状が安定してくる回復期では気になり始め、服用を中止してしまう患者さんもいます。
患者さんの訴えを「今は病気だから仕方ない」と流さずに、担当の医師に相談するように勧めてください。またご本人が相談しにくいようなら、ご家族が付き添って医師と相談するようにしてください。これらの副作用が出にくい薬への変更を検討することもできます。
勝手に患者さんが治療をやめてしまうと、せっかく改善してきた状態がまた元に戻ってしまう危険性もあります。
その上、一度薬による治療を自己判断で中止した後に再発してしまうと、再発するたびに徐々に薬の効果が落ちてしまう場合があるということがわかっています。
3.2.4—睡眠のリズムを整える—
うつ病では、眠れないことがあったり、午前中に抑うつ気分が強く、午後から夕方にかけて軽快してくる「日内変動」という波が起こるため、昼夜が逆転してしまう生活パターンになることがあります。急性期は心の休息を最優先にして、「眠りたいときに眠り、起きたいときに起きる」「患者さんがいちばん楽と思えるやり方で過ごす」ことが目標ですので、生活パターンが乱れてしまうこともあります。
しかし、症状が安定してきた回復期では、朝は布団から出て、太陽の光を浴びる、昼間は散歩に出るなどして徐々に活動を増やしてみる、そして、夜も遅くまで起きていないようにする、というように睡眠と覚醒、休止と活動のリズムを整えていきます。
まずは、睡眠のリズムを整えることからサポートしてあげてください。とりあえず朝ベッドから離れてもらい、パジャマから普段着へと着替えてもらうことでリズムをつくります。
そのときに「疲れたらいつでも横になっていいよ」と一言かけてあげると、患者さんの負担も少なくなります。また、いきなり朝早くに起こすのではなく、起きる時刻を1週間に1時間ずつ早めていくくらいのペースで徐々に起きる時間を戻してみましょう。最終目標である社会復帰のためには、生活のリズムを一定にすることが大切です。
3.2.5—ご家族が優先順位を確認し適切に「応援」を—
うつ病の急性期において「励ましが逆効果になる」のは、「何から手をつけてよいのかわからない」状態だからです。治療が進み「今、何をやればよいのか、何をやらずにおけばよいのか」ということが判断できるようになれば、患者さんが「これだけはやろう」と思えることを、ご家族がそっと支えてあげることが大きな助けになります。
回復期になって、元の生活へ復帰していくには、ご家族から「それはやってもと思うよ」という支えをもらい、一歩一歩進んでいくことが重要です。
ただ「頑張れ」と励ますのではなく、まず優先順位をつけて、「何はやらなくてもよいのか」ということを確認したうえで、「これだけはやろう」という方針を患者さんと確認してください。患者さんがこの優先順位に十分納得したら、今やるべきことを応援してあげてください。
そして、患者さんができたときにはしっかりと評価してあげてください。ずっと自分を見てくれていたご家族に認めてもらえることで、「自分もできる」と自信を取り戻すことができます。
また、やってみて、患者さんがどのように感じたのか、ご家族から聞いてみてください。まだ疲れが目立つなど無理をしているようなら、ブレーキをかけてあげてください。
仕事を持つ人への応援としては、「今、会社復帰は考えずに、まず通勤の練習に図書館に行くことをやってみましょう。」
家庭の主婦への応援としては、「今、家事をすることは考えずに、散歩をすることからやってみましょう。」
3.2.6—「気晴らし」に誘ってみるのはやはり慎重に—
急性期で症状がつらいときには物事への興味や関心が低下し、楽しむ気持ちも失っているので、気晴らしに誘ってもかえって患者さんにとっては苦痛となる可能性があります。しかし、興味や関心が少しずつ戻ってきた回復期では、気晴らしをして楽しむ気持ちを感じることも良いリハビリになります。ただし、そのときに患者さん本人に少しでも「やってみたい」という自発的な気持ちがあるかどうかを確認してください。
気晴らしに誘うときには「無理をせずに、自分の気持ちに正直になって、やってみたいと思うなら一緒にやろう」と声をかけてあげてください。
また、そのときはやりすぎに注意するために、ご家族は患者さんが「やれる」と思うことの半分からスタートするようにサポートしてあげてください。
例えば、街へショッピングに誘うなら5軒のお店に行ってみたいところを2軒にしておき、行きは電車やバスなどで行っても、帰りはタクシーで帰ってくるなど、やってみたいことの半分の量から始めてみてください。
そして、気晴らしをやってみた後は、「楽しめた?」「疲れはどう?」と患者さんに確認してください。特に体の疲れより、気疲れの方がうつ病の場合は大敵です。疲れがひどいときには次回からはもう少し減らしてみるなどの調整をしてあげてください。
3.2.7—症状の波を気にしすぎない—
うつ病の症状が午前中に重く、お昼から夕方にかけて徐々に抑うつ気分が軽快してくる「日内変動」を示す場合があります。午後からは気分も軽くなり、これなら職場に復帰できるめども立ちそうな気がして寝床についたのに、翌朝起きてみると、なんだか気分がすぐれない····こんなとき、「うつ病が悪化してしまったのか・・」と、患者さんだけでなく、ご家族の方までがっくりされる場合があります。
しかし、昼間から夕方にかけては普段どおりに動けているのに、朝になるとすぐれないという状態があっても、それはうつ病回復の過程で起こりがちなことです。患者さんが気にしているようであれば、「波に振り回されず、焦らずに一歩ずつ進んで行こうね」と声をかけてあげてください。
3.2.8—共倒れをしないために—
うつ病の治療が長期にわたると、ご家族の心理的な負担も大きくなり、ご家族まで心身ともに疲れ果ててしまうこともあります。そうならないためにも「うつ病」をよく知り、上手につきあうコツを見つけましょう。ご家族は、なんとか患者さんに良くなってほしいと声をかけますが、期待するような反応が患者さんから得られず、しかもそれが長い間続くと、サポートすることをあきらめてしまったり、ご家族の方が心のバランスを崩してしまうこともあります。
「病気が良くなるまでゆっくり待とう」と考えることが大切です。さらに、患者さんが極端なものの見方のためにあら探しばかりしてしまうことに巻き込まれず、患者さんの良い点をみてあげることも、患者さんのサポートには大切です。また、患者さんのことで迷ったり、悩んだりしていることがあれば、ご家族も一人で抱え込まずに担当の医師に相談しましょう。
Step3 うつ病の再発予防のサポート
うつ病の再発予防のためにできること
~社会復帰を果たす一方で、再発予防のためにご家族ができるサポート~
うつ病の治療が回復期まで進み、元の生活とほぼ同じように生活を送れるようになれば、次にうつ病の再発予防を考えます。
3.3.1—再発予防の大切さ—
うつ病はきちんと治療を受ければ回復する病気ですが、一方で再発する可能性もあります。この時期は、症状が軽くなってきたと感じるため、患者さんの中には治療をやめたいと思う方もいます。しかし、薬には、「状態を良くする」という働きに加えて、「良い状態を維持する」という二つの働きがあります。個人差はありますが、症状が良くなっても、初めてうつ病になった患者さんではおよそ半年間は薬の服用を続ける必要があることをご家族もご理解ください。
また、うつ病になったときの患者さんのものの見方を知り、患者さんと一緒にものの見方を調整して、再発を予防できるようにサポートしてあげてください。
3.3.2—うつ病の再発を防ぐための家族の役割—
うつ病はきちんと治療を受ければ治る病気ですが、その一方で再発の可能性がある病気だということもご家族には知っておいていただきたい点です。
初めてうつ病を経験した患者さんのうち、約半数はうつ病を再発するという報告があります。そして、2回目、3回目と再発を繰り返すうちに、うつ病の再発の可能性は高くなっていきます。また、不十分な治療では、その後の再発の可能性が高くなるともいわれています。
従って、うつ病はできる限り1回目の治療できちんと治すことが大切になります。また、症状が改善されてからも、良くなった状態を維持するために、「維持療法」を行うことが大切です。
このほか、再発させないためには、うつ病を引き起こしやすくしている患者さんのものの見方を調整していく必要があります。それには、問題を一人で抱え込むことで調子が悪くなり、誰かのサポートを得ることで調子を維持できることを実感してもらうことが大切です。ご家族や職場の同僚、上司などに相談したり、サポートを得ることの重要性を患者さんに確認してもらいましょう。
例えば、「子供の学校のことでいろいろ悩みが多く、育児と家事の両立が負担だ」という女性には、「一人で全部やろうと思わずに、週末の食事は外食にする」など、誰かに頼れる部分は頼るようにしていきます。
患者さんは、他人には頼れなくても、ご家族になら頼ってみようという気持ちになれるため、ご家族には患者さんのものの見方を調整していく治療でも、重要な役割があります。
3.3.3—不眠が現れたら要注意—
うつ病の再発を予防するためには、状態が悪くなっているサインに少しでも早く気づき対処することです。
そのサインとして不眠が現れるようになったら要注意です。気分的に落ちこむことはなくても、朝早く目覚めてしまうようになったり、夜中に何度も目が覚めるような場合は、「少し疲れているんだろう・・」と流さずに、担当の医師に相談してください。日々の生活を一緒に送るご家族だからこそ、患者さんのちょっとした様子の変化にも気づけるのです。
【全体終わり】