下書き うつ病・勉強会#42 大震災と精神病

下書き うつ病・勉強会#42 大震災と精神病

2011年の東日本大震災で精神病の発生がどうだったかについての統計がある。
急性ストレス反応と心的外傷後ストレス障害が増え、その後の経過としてはうつ病が増えるだろうと予想されると思う。
実際、精神的ストレスは深刻であった。しかし、精神科医療機関では、ストレス性障害は意外と少なく、躁状態や統合失調症の増加が目立ったと報告されている。
統合失調症というのは詳しく言えばICDのF2なので、統合失調症・統合失調型障害および妄想性障害である。

患者さんの動態としては、それまで通院していた医療機関に通えなくなったので、別の医療機関に新患として受診した。その数字がF2、F3、F4の増加として統計に反映されているらしい。
2011年3月の新患の分類を見ると、身体疾患のみの患者さんが45%だった。身体疾患で近隣医療機関に通院していた患者さんが、震災により通院できなくなり、精神科医療機関を新患受診した。
一方、再来患者は震災直後から減少した。これは転居したなどの事情である。
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精神科病院の入院統計を見ると、F2が増加した。震災後は幻覚妄想は目立たないが、躁状態や不安焦燥など、感情面の症状が特徴であり、緊張病症候群が多かったらしい。

緊張病症候群(カタトニア)はカタレプシー、反響現象、常同症、昏迷などの特徴的な症状を呈する精神運動の障害である。 1874年にKarl Kahlbaumが緊張病を命名し、Kraepelinが統合失調症の一亜型に位置付けた。最近になって統合失調症といったん切り離され、統合失調症のほかに、双極性障害やうつ病、発達障害に伴うこともあると考えられている。
緊張病の診断には以下の12の特徴のうち、3つ以上の症状の存在が重要。
昏迷(精神運動性の活動がない、周囲と活動的なつながりがない)
カタレプシー(受動的にとらされた姿勢を重力に拮抗したまま保持する)
蠟屈症(他者が姿勢を取らせようとすると、ごく軽度で一様な抵抗がある)
無言症(言語反応がないか、わずかしかない)
拒絶症(指示や刺激に対して反対する、あるいは反応がない)
姿勢保持(重力に抗して姿勢を自発的・能動的に維持している)
わざとらしさ(普通の所作を奇妙、迂遠に演じる)
常同性(反復的で異常な頻度の、目的指向のない運動)
外的刺激の影響によらない興奮
しかめ面
反響言語(他人の言葉を真似する)
反響動作(他人の動作を真似する)

カタトニアについては、電気ショック療法が効果的と言われることもあって、てんかんも連想され、興味深い。抑うつ感情が身体症状として非常に強く現れているようでもある。こうした状態はやはり器質性疾患のタイプかと思われる。

震災トラウマによる精神障害としての急性ストレス反応やその後の心的外傷後ストレス障害は明らかな増加はなかった。まずこれが意外だった。そして、入院患者としては躁状態が増えたことが印象的だ。
数字を見ると、緊急入院13例の中の4例、31%が双極Ⅰ型の躁状態であり、服薬アドヒアランスの不良による再発ではないと確認されている。ケース数が少ないのでなんとも結論できないのであるが。その病院での通常の同時期の入院統計によれば、躁状態による入院は4%というので、震災が特殊な要因として躁状態での入院を増加させたと考えてよいと思う。
入院時診断としてはF2が33%、F3は24%、合計で57%。この部分は震災前より増加している。

統合失調症は進化生物学の分野では、危機に強い、災害状況に有利な特性があるので、生き残りに有利であるなどと言われることもあるのだが、2011年の場合には統合失調症について言えば、そうではなかったことになる。統合失調症は災害に弱かった。

また、さらに印象的なのは、大災害で家族が死んだり、財産をなくしたり、未来の見通しが立たなくなったり、絶望が先に立つだろうと思われるが、うつ病で入院するのではなく、躁状態で入院する人が多かったことだ。
ひとつには、うつ状態で入院が必要と判断されるよりは、躁状態で入院が必要と判断されることが多いだろうことは理解できる。全体の数としてはうつ状態のほうが多かったかもしれないが、緊急に入院が必要なのは躁状態だっただろう。避難所などで躁状態の人がいると周囲も大変である。
不眠、悲観的、気力喪失、食欲不振などを呈するうつ病が多発するかと思ったのが、統計の数字としてはそうではなかったらしい。危機状況ではアドレナリンが出るなどと言われるが、うつ状態は被覆されてしまうのかもしれない。

これは統計数字からみたものであって、実態はまた別かもしれない。
しかし、大災害に際して、ICD診断で、統合失調症と躁状態が多かったというのは、診断学としても、病因論としても、興味深い。さらにカタトニアの報告も興味深い。

脳内の状況としては、大災害が起こったときには神経伝達物質や副腎皮質ホルモンが大量に分泌されそうである。交感神経優位になり、闘争か逃走かの状態になる。緊急なので、脳回路の変更は間に合わない。普段は休眠している回路が突然使用されることなどはあるかもしれない。
統合失調症はドパミンブロッカーが効くのだからドパミン過剰なのだろうと推定され、うつ病はシナプス部分のセロトニンを増やす薬が効くのだから、セロトニンが少ないのだろうと製薬会社は説明している。
災害時にドパミンがたくさん出るだろうから、統合失調症が悪化するのは理解できる。
セロトニンも一気に出るだろうから、うつ病にはなりにくい。それも今回の統計数字と整合的である。
では、躁状態が多いのはどうしてだろう。興奮するから躁状態になるでしょうとは思うが、もう少し説明が欲しい。

躁状態は集団の中でも目立つ。周囲の迷惑になることが多い。本人はなかなかいいことをしていると思っている。そんなことで、テレビでニュース映像を見たりしていると、カメラマンの意図しないところで目立っている人が映っていることもある。
うつ状態の逆だからセロトニンが過剰になっているのだという人がいるかもしれないが、そのような説はない。
躁状態のときにセロトニンブロッカーが有効だとは言われていないし、開発が成功してもいない。セロトニン拮抗薬であるシプロヘプタジン(ペリアクチン®)やβ遮断薬のプロプラノロール(インデラル®)があるがこれらは抗躁薬ではない。リチウムや抗てんかん薬が気分安定剤として使われる。抗躁薬としてドパミンブロッカーが使われる。このあたりは理屈に合わない。
うつ状態ではない正常状態の人がSSRIを飲んだとしてセロトニンが過剰になって躁状態になるかと言えばそうではない。少し眠くなるだけである。

抗うつ薬類を服用中に脳内セロトニン濃度が過剰になることによって起きる副作用がセロトニン症候群である。
自律神経症状として体温の上昇、異常発汗、緊張、高血圧、心拍数の増加、吐き気、下痢。神経・筋肉症状としてミオクローヌス、筋強剛、振戦、反射亢進、緊張と緩和の繰り返し(あご、歯をがちがちさせる、など)。精神症状として混乱、興奮、錯乱、頭痛、昏睡がある。
これを見ると、セロトニンが多ければ躁状態になるのではないことが分かる。


いつも笑顔でいるために必要だとアメリカ文化では考えるようで、抗うつ薬の使用量が多い。
うつ状態の人にSSRIを使っていると躁転することがあると注意されている。それは大切な注意である。しかしメカニズムの説明として正しいとは限らない。うつとは逆向きに、正常方向に変化させる薬だから、効きすぎれば躁状態になるとの連想だろうけれども、そうではない可能性もある。
躁状態の本質はよくわかっていない。リチウムと何か関係があるらしい。そして、躁状態とうつ状態が反対のものならば、反リチウム的薬剤によってうつ状態の改善が可能なはずだ。しかし実際には、治療抵抗性うつにリチウムを追加してみるのは通常の手順である。SSRIとリチウムが反対の薬だとは誰も言わない。

興奮、熱狂、祭り、災害、パニック、これらは近い言葉だと思う。アンテ・フェストゥムは祭りの前で、統合失調症的であり、ポスト・フェストゥムはうつ病的であるというのが有名な話だ。フェスティバルの真ん中にいるのがマニーである。
そして、興奮、熱狂、祭り、災害、パニック、マニー、てんかん発作は近いものだと感じる。
その連想から言っても、てんかん予防の薬はマニーの予防にも効くのだろうと思われる。
てんかん予防薬は脳神経細胞の興奮を抑制し、電気信号が本来の流れとは関係なく病的にサーキットを作ってしまうのを予防する。その薬がマニーに聞くのだから、マニーにはそのような側面があるのだろう。

てんかんは反復していると脳神経細胞の数が減って、画像で部分的な脳の萎縮を確認できる。統合失調症でも脳の部分的委縮所見がいろいろと研究されている。Substance Abuse の場合も、脳の萎縮を確認できることがある。躁うつ病でも症状を反復しているうちに委縮するのだという人もいるが、その場合の患者さんはだいたいは高齢になっているので、老化によるものかどうか、厳密に判定はできないと思う。
しかし、てんかん、統合失調症、Substance Abuse、躁うつ病と並べてみて、共通の部分を取り出せば、脳の萎縮、そして抗てんかん薬の有効性である。
全部に委縮がみられるのではなく、一部。全部に抗てんかん薬が有効なのではなく、一部。そのような一部は共通の病理を持っているのではないかと思う。
病気の経過も共通で、ときどき発作のように華々しい放電が起こる。そのときに脳神経細胞がダメージを受ける。そういった華々しい放電を防止するのが抗うつ薬というイメージだ。