ガスライティング 虐待 「自分は頭がおかしくなった」と相手に思い込ませる

チャンドラ(仮名)の12年間の結婚生活を通して,夫の浮気は常態化していた。彼女がその証拠を見せると夫から,お前は「頭がおかしい」「嫉妬深い」「被害妄想だ」と言われたという。彼はよく「理性的でない」という言葉を使ったが,これは昔から女性を貶めるために使われてきた言い回しだ。チャンドラは仕事をし,学校に通い,子どもたちの世話のすべてを行っていたが,夫は彼女には彼が必要なのだと信じ込ませていた。私が研究の一環として行った1時間のZoomインタビューの間中,チャンドラは元夫のことを繰り返し「ガスライター」と表現した。ガスライティングと呼ばれる心理的虐待で相手を操る人のことだ。

彼女の体験は,私が過去数年間に集めたガスライティングに関する体験談の典型例だった。チャンドラは「頭がおかしい」と言われ,「過剰反応だ」と責められているうちに,だんだんと自分は実際に起こった出来事を正しく認識できていないのではないかと自分自身を疑うようになっていった。

ガスライティングとは,広義には「自分は頭がおかしくなった」と相手に感じさせたり思い込ませたりする心理的虐待の一種とされている。家庭内での迫害(親密なパートナーによるものも含む)では,心理的虐待,とりわけ相手を操って自分はおかしいのではと思い込ませる「クレイジーメイキング」が核心をなしていることが知られている。ガスライティングという言葉自体は,1930年代の戯曲で,1944年にイングリッド・バーグマンの主演で映画化された『ガス燈』に由来する。劇中,主人公の夫が室内用ガス燈をひそかに暗くしたり明るくしたりしておきながら,気のせいだと言い張るため,主人公は自分が精神を病んでいるのだと思い込んでしまう。

この10年間で,ガスライティングという言葉は驚異的なスピードで普及した。これは,「#MeToo運動」の成功の結果でもある。#MeToo運動は,性的暴力やハラスメントを受けた人が被害を公表した場合に,いかに疑われて信用を失うかを明らかにした。