うっかりしていると、体を鍛えて、筋肉がたくさんあって、呼吸器循環器も鍛えていれば、当然テストステロンも高くなるだろうと思うのだが、実際には逆のこともある。人間は不思議なものだ。
高強度トレーニングを行っている男性では、安静時テストステロンレベルの低下、性腺機能低下症を呈することが古くから報告されてきている。しかしその実態は女性の「アスリートトライアド」(低エネルギー可用性、無月経、骨粗鬆症の三主徴)に比べて理解が大きく立ち遅れている。本論文は米国ノースカロライナ大学のスポーツ科学・栄養学の専門家による運動性男性機能低下症に関する総説。
論文全体は、性腺機能低下症の定義、男性のテストステロン値基準値、アスリートにとってテストステロンがなぜ重要なのか、運動性男性腺機能低下症を引き起こす原因、運動性男性腺機能低下症は機能不全なのか生体適応なのか、アスリートが低テストステロン血症に対処するための行動、結論と展望、という章だてで構成させた大部な内容。その中から栄養に関連する部分を中心に、要旨をまとめる。
「運動性男性性腺機能低下症」研究の歴史と現状
スポーツトレーニングによる相対的なエネルギー不足は、低エネルギー可用性やオーバートレーニングに関連する。この状態が一時的なものであれば適切な介入で解決するが、より恒久的に、例えば数年単位で持続する場合、慢性的な性腺機能低下症の症状が出現することがあり、これを「Exercise Hypogonadal Male Condition(運動性男性性腺機能低下症)」と呼ぶ。
トレーニングに関連する最も顕著な内分泌機能障害は、女性の二次性無月経だろう。以前は「運動性無月経」と呼ばれていたが、現在では、不妊症、骨塩量減少、潜在的な摂食行動障害、生殖ホルモンレベルの低下のリスクが高い「女性アスリートトライアド」の一部として認識されている。
一方、トレーニングが男性の生殖内分泌に及ぼす影響はあまり知られていない。かつて長年にわたり研究者は、男性の生殖システムはハイレベルのトレーニングストレスに耐えられるほど十分に頑強であり、影響を受けないと考えてきた。今日ではそうでないことがわかっており、実際、女性と男性で発生する生殖機能障害には多くの類似点がある。ところが男性に関する研究レベルと範囲は、女性に関する研究よりもはるかに限られている。
しかし近年になり、かつてないほど注目されるようになってきたが、そのことで議論の混乱や一般者の誤解が生じている。その原因は、
・インターネットで流布される誤った情報または過度に単純化された情報の存在、
・男性生殖機能障害に関してすでに30年以上前の先行研究で明らかになっている一般的な知識が共有されていない、
・男性に生じる運動に伴う生殖機能障害がすべて1つの原因によるものという誤った仮定
による。
テストステロンの基準値
男性の性腺機能低下症には、原発性と二次性があり、本稿で検討する運動性の性腺機能低下症は後者である。
総テストステロン、遊離テストステロンの基準値についてはさまざまな値が提唱されている。現在のところ普遍的なコンセンサスは得られていない。アスリートのテストステロン値については最近、国際陸上競技連盟(international association of athletics federations;IAAF)のデータベースやその他の文献を精査した結果が報告された。それによると、健康な成人アスリート男性では総テストステロンが223~849ng/dL、女性は0~144ng/dLと結論付けている。
臨床的に性腺機能低下症は、テストステロンの低下だけでなく、少なくとも1つの臨床徴候または症状が存在することで診断される。具体的には性腺機能低下症の明白な兆候として、二次性徴の欠如または遅延、貧血、筋肉量の減少、骨量・骨密度の低下、乏精子症、腹部肥満などが該当する。症状としては性的機能不全(勃起不全、性欲減退など)、持久力低下、気分の変調、貧血、骨粗鬆症、ホットフラッシュなどが該当する。臨床徴候や症状がなく低テストステロン血症のみの場合は「アンドロゲン欠乏」(またはテストステロン欠乏)とされ、性腺機能低下症とはされない。しかし実際には低テストステロン血症の存在に基づいて性腺機能低下症を定義するとする報告が少なくないも。
では、運動性腺機能低下症の診断をどのように定義するかだが、前記のように文献に一貫性がなく、これまでにカットオフ値の設定を試みた研究はほとんどなされていない。
アスリートにとってのテストステロンの重要性
男性の生涯を通して、テストステロンは性的、身体的、認知的な発達に重要な役割を果たす。テストステロン値の上昇が最も目に見えるかたちで現われるのは、思春期前からだ。この頃、多数の生理学的変化が生じる。例えば、成長が加速し、陰毛の成長、陰茎の拡大、性欲の増加、筋肉量の発達、骨の成熟、頭皮の毛髪の喪失などで、これらのうちいくつかはスポーツのパフォーマンスに好影響をもたらす。蛋白同化作用と筋肉の発達、さらに赤血球生成とヘモグロビン濃度にプラスの効果を示し、VO2maxに関して有利に働く。
一方、閉経期に性ホルモンレベルの急激な低下を経験する女性とは異なり、男性は時間とともにテストステロンレベルの緩徐な低下を経験する。習慣的に運動をしている高齢男性では、この加齢現象がホルモンの変化に部分的に寄与する可能性がある。
体重階級制スポーツとテストステロン
歴史的にみて、アスリートで劇的なテストステロンの減少が最初に報告されたスポーツの1つはレスリングだ。40年近く前、研究者たちは、シーズンオフと比較しシーズン中の男性レスラーではテストステロン値が著明に低下していることを報告した。他の多くの研究者によるその後の報告により、この現象はレスラーだけでなく他の体重階級制スポーツでもみられることが証明された。
このテストステロン減少の理由は、極端な減量戦術によるものである可能性が最も高い。つまり、減少した摂取エネルギー量と高いエネルギー消費は、極端な負のエネルギーバランスとなり、性腺機能低下症の発症につながる。この状態は適切なエネルギー摂取の再開により比較的迅速に元に回復し、可逆的と思われる。
コンタクトスポーツとテストステロン
脳震盪などの外傷性脳損傷は、低テストステロンの発生につながる可能性がある。複数回の脳震盪を経験したプロアスリートやアマチュアアスリートを対象とする調査では、こうした繰り返しの頭部外傷の深刻な健康への長期的負の影響が示されている。現代ではアメリカンフットボールに関し多くの研究が続けられている。
男性アスリートのトライアド(三主徴)
女性アスリートトライアドは、月経機能障害、低エネルギー可用性(摂食障害の有無によらない)、および骨塩量低下である。広範な研究により、女性トライアドに関連するパフォーマンス障害の発症のリスクを示す、以下の低エネルギー可用性のカットポイントが示されている。リスクなし:≧45 kcal/kg(LBM.除脂肪体重)、中等度のリスク:30~45kcal/kg LBM、リスクあり:≦30kcal/kg LBM。ただ、この値が男性アスリートにも適用可能か否は現時点では不明だ。
運動性性腺機能低下症は一過性の現象であり、適切な介入により軽減可能である。ただし、大量のトレーニングを永続的に行う場合そうとは限らない。これまでのエビデンスは、性腺機能低下症を誘発するテストステロンの減少が、男性のオーバートレーニングやトライアドに伴うものの場合は有害であることを支持しており、個人の健康と身体能力を損ない、結果として最大のパフォーマンス発揮が困難となる。
アスリートの低テストステロン血症への対処
男性の性腺機能低下症の治療は通常、外因性テストステロン投与またはテストステロン産生を刺激する薬剤の投与のいずれかによって行われる。しかしアスリートは、世界ドーピング防止機関(world anti-doping agency;WADA)の規定によりこのような治療を受けることはできない。内因性テストステロンおよびゴナドトロピン刺激剤は、WADAの「禁止物質」に分類されている。
WADAには健康上の理由から薬物治療を可能にする例外規定(therapeutic use exemptions;TUE)があるものの、トレーニングの結果として男性性腺機能低下症を生じている場合、TUEが想定する状況に適合しない。つまり、アスリートの性腺機能低下症としての低テストステロン血症はトレーニングの結果として発症するものであり、既存の疾患とはみなされない。
そのためアスリートが低テストステロン血症の治療を望むのであれば、他の治療選択肢を選ばざるを得ない。この点に関し2018年に「The Physician and Sportsmedicine」誌に治療アプローチの概要が報告された。それは、栄養介入を含む非薬理学的戦略、およびエネルギー利用可能性を改善するためのトレーニング量変更を推奨する内容だ。
なお、アスリートが骨塩量の低下に直面している場合は、ビスホスホネートの使用はWADAにより許可され実行可能なオプションとなり得る。
その他、多数のインターネットサイトに、男性の性的パフォーマンスを高めるというサプリメントが掲載されている。それらはテストステロンの上昇を促すかもしれない。しかしそれらのサイトに掲載されている製品は通常、生理学的メカニズムが曖昧であり、”秘密の成分”が何であるかがわからず、有効性についても経験談が多く科学的エビデンスが欠けている。さらには、WADAによって禁止されている物質がそのようなサプリメントに含まれていた事例が報告されている。
アスリートが、自身が使用するサプリメントについて無知であることは、WADAに対して弁明にならない。アスリートが競技会出場を目指す限り、そのようなサプリメントを実験的にでも試すことは避けるべきだろう。
文献情報
原題のタイトルは、「Hypogonadism in Exercising Males: Dysfunction or Adaptive-Regulatory Adjustment?」。〔Front Endocrinol (Lausanne). 2020 Jan 31;11:11〕