パニック障害について説明します。
【目標】パニック発作、予期不安、広場恐怖、薬物療法、認知行動療法などについて理解しましょう。
【パニック障害はどんなもの?】パニック障害は、診断にあたり、
1.パニック発作があるか、
2.予期不安があるか、
3.広場恐怖があるか、
4.そのほか併発症状はないか、
チェックします。
【日常語としてのパニックという言葉】
日常用語として「パニックになる」という場合、日本語辞書では、「(心理学) 身に重大な危険が迫った時などにみられる、集団や個人の心身の制御が効かなくなる状態。混乱。恐慌。」と説明があります。
同時に経済方面で株価大暴落などの時の「恐慌」を指す言葉です。「パニック売り」とは、株価急落に際し、株主が心理的に混乱、極度の不安、判断力喪失となり、不適切に株を売却することです。デプレッションもうつ病という意味もある一方、経済では「不況」を指します。
日本語のうつや恐慌に比較すると英語のdepressionもpanicも日常語に近いと思います。
日本では有名なスポーツ選手や芸能人が、「自分はパニック障害(パニック症)という病気です」と公表したとき、一般に広く知られたのではないでしょうか。
「パニック」は日本語の日常用語として定着しています。判断力喪失して慌てふためくというイメージで、病気のパニック発作とは、重なる部分が大きいですが、すこしずれているようです。「交通事故でパニックになった」は重なりますが、「誕生日のサプライズでパニック」というのは、パニック発作の意味とは、ずれています。恐怖は語義からはずれて「すごくびっくりした」というような、薄められた方向に動いているようです。
【診断用語として】
パニック障害にあたるものはかなり古くから認識されていました。症状は激越ですが、短時間のうちに回復するので特徴的です。近年になると、1894年、フロイトが「不安神経症」と呼びました。その後、二つの世界大戦のころには兵士の間にパニック障害が広くみられ、「戦争神経症」、「兵士心臓」、「飛行士症候群」、「心臓神経症」、「神経疲弊」、「神経循環無力症」などと呼ばれました。診断用語として1980年に正式にパニック障害という用語が定められました。兵士のパニック障害は現在ならばPTSDと診断するところです。「強烈な心的外傷が原因」と容易に推定されるのですから、パニック障害ではなくPTSDと診断します。しかし出現する症状としては自律神経発作を含む強い不安症状ですから、症状セットの面からみればパニック障害ともいえるわけでしょう。パニック障害は現在の症状に着目したもの、PTSDは原因に着目したものと考えられます。DSMの原則から言えば現在の症状に着目して診断すべきですが、PTSDとか急性ストレス反応については、歴史的経緯もあり、原因について言及した診断名が採用されています。なんでも長くなると原則通りにはいかなくなります。
【語源】
そもそもの「パニックPanic」の語源としては、ギリシャ神話に出てくる、山羊(やぎ)の耳と足を持った牧神パンPanが怪物の出現に“慌てふためき(パニックになって)”川に飛び込み、その時に水に浸った部分は魚に、水面に出ていたところは山羊の姿になって、やぎ座になったという伝説に基づくようです。大学の教養のころ、父が南原繁だというドイツ語の南原先生に教えてもらって記憶に残っているのは、パンが人気のない所で、「パンの笛(パンパイプ、パンフルート)」を吹くと、突然、混乱と恐怖を引き起こす。ここからパニックが恐慌、恐怖、混乱を意味するようになりましたとのことです。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」で出てくる「牧神」がパンです。マラルメの「牧神の午後」では「夏の昼下がり、好色な牧神が昼寝のまどろみの中で官能的な夢想に耽る」様子が描かれているというのですが、ニジンスキーはバレエの中で好色をやや過剰に表現したようで、顰蹙をかいました。
そのようなパニックという言葉なのですが、なにもわざわざギリシャ神話のパンの神様などと関係する言葉を使わなくてもよい感じはします。恐怖発作で伝わります。また広場恐怖(アゴラフォビア)という分かりにくい言葉も出てきますが、これもギリシャのアゴラ(広場)に由来する言葉です。場面・状況恐怖で伝わります。理解しにくい用語を衒学的にわざわざ使う、昔の習慣のような気がします。
【パニック発作とは】
「予期しないとき」「原因なく」「突然」発作が出現します。
例えば、上司に叱責された後など、何らかのストレスがあった直後起きた「発作」は「予期しないパニック発作」ではありません。
兵士が戦争から帰ってきて様々な症状を呈する場合があります。その症状は戦闘体験にまつわるものも多いのですが、その場合は、症状よりも原因となる状況を重く見て、PTSDと診断します。
発作は急激に始まり、数分以内にピークに達します。そして徐々に平常に戻ります。「発作が一日中続いています」というならば、「パニック障害」ではありません。
具体的な発作の内容としては
①動悸、心悸亢進、②発汗、③身震い、④息切れ、⑤窒息感、⑥胸痛、⑦嘔気(おうき)、⑧めまい、⑨現実感喪失、⑩コントロールを失う恐怖、⑪死の恐怖、⑫異常感覚(うずき感)、⑬冷感・熱感。
があげられます。
心臓がどきどきしますが、これは不整脈の時の速くてトクトクという小さい動悸ではなく、大きく、強烈に、ドックン・ドックンというように起こるドキドキです。
息切れ、窒息感は、「過呼吸発作」「過換気症候群」と呼ばれているものです。呼吸が速くなり、過換気の状態に加え、息をしづらい、息苦しい、胸の痛みやめまい、動悸、手足がしびれたり筋肉がしびれてけいれんしたり、収縮して硬直したりするなどに至ります。
以前はペーパーバッグ法といって、手近にある紙袋を口に当てて呼吸すればよいと言われたものですが、最近ではその有用性は否定されているようです。
最初に強い不安や緊張で何度も息を激しく吸って吐くと、二酸化炭素を必要以上に吐き出してしまい、血中炭酸ガス濃度が低くなります。その結果、呼吸中枢は血中炭酸ガス濃度の低下を抑えるために呼吸を抑制しますが、本人は呼吸ができないような息苦しさを感じてしまい、息苦しさから逃れるために余計に激しく呼吸をしようとしてしまいます。過呼吸が進展すると、血中炭酸ガス濃度が低下して血液がアルカリ性に偏ると、血管が収縮し手足のしびれや筋肉のけいれんや収縮も引き起こされ、さらに過呼吸がひどくなる悪循環へつながる場合もあります。
もう死ぬのかと思って救急車を呼ぶ人も多くいます。たいていは病院につく前に救急車の中で落ち着きを取り戻すことが多いようです。
【予期不安】
「また発作が起きるのではないか」という不安をいつも感じることです。パニック発作をくりかえすうちに、発作のない時も次の発作を恐れるようになります。「また起きるのではないか」「次はもっと激しい発作ではないか」「今度こそ死んでしまうのでは」「次に発作が起きたら気がおかしくなってしまう」といった不安が消えなくなります。これが「予期不安」で、パニック障害に多くみられる症状です。
このほかにも、いつ発作が起こるかという不安のあまり、仕事を辞めるなどの行動の変化が起きるようになるのもパニック障害の症状のひとつです。予期不安の影響で行動が制限されることが固定化します。
【広場恐怖】
広場恐怖(アゴラフォビア)という名前は良くないと思いますが仕方がありません。内容としては「特定場面・状況恐怖症」のような意味です。その状況で再び発作が起きそうな気がする、苦手な場面で発作が起きた時、そこから逃れられないのではないか、助けが得られないのではないか、恥をかくのではないかと思い、その場面や状況を避けるようになります。これが「広場恐怖」です。一人での外出、電車に乗る、美容院にいくなど、人によって恐怖を感じる場所・場面・状況は様々です。電車に乗っているときは、恐怖が襲ってきても、自分の都合で電車を止めて降りることはできません。各駅よりも急行が恐怖で、地上電車よりも地下鉄が恐怖になります。バスは運転手さんに話すことができるので、電車よりもバスが恐怖が小さいようです。
広場恐怖が強くなると仕事や日常生活に支障が出ます。引きこもりがちになるので友達との人間関係にも影響が出ます。一人で外出できなくなるので、誰かと一緒に外出するようになることがあるのですが、人に頼っている自分自身を情けなく思います。広場恐怖をともなわないパニック障害もありますが、多くの場合広場恐怖がみられます。
【鑑別】
不安症であれば、予期不安や場面恐怖は起こります。他の不安症・恐怖症との違いは、激越な発作です。しかし軽い不安発作との中間的な症状もあるので、完全に区別することはできないように思います。何に着目して分類するかの問題もあり、たとえば中程度の電車恐怖症とパニック障害は、電車という「場面」で起こることを重く見れば、ふたつとも電車恐怖と分類できます。「激越な不安発作」を重く見れば後者はパニック障害であり、前者は恐怖症です。
【有病率】
「パニック障害」は一生のうちで全人口の2~3%の人が罹かかり、好発年齢は20~30歳代、女性が多い(男性の約2倍)。そんなに珍しい病気ではありません。
【原因は詳細不明】
不明ですが、仮説はあります。パニック障害の患者さんは、延髄にある中枢化学受容器という器官に過感受性があると考えられます。つまり、血中の二酸化炭素(CO2)濃度に過敏になり、ほんのわずかなCO2の上昇を「危険なほどの」酸素不足と捉えてしまい、呼吸促進や心悸亢進などの身体症状が生じてしまうとされます。
さらにこの「危機情報」は偏桃体に伝達されます。偏桃体は危機回避のための防御装置です。扁桃体は、この状態を「生命に危機的な状況」と誤認し、危険回避のために交感神経を興奮させます。これにより、さまざまな身体反応を起こさせます。動悸・呼吸困難・窒息感・発汗・ふらつき・震え、などが生じます。さらに患者さんはこの状態を「死んでしまうのではないか」「自分をコントロールできなくなっている」と強く恐怖します。これらの状態は急激(数分以内)に出現します。
さらに患者さんでは、扁桃体も過敏になっていると推測されており、この病的過活動が継続しやすいものと思われます。加えて、通常ではこの扁桃体の過活動を抑える働きのある前頭前野にも何らかの機能不全が想定されており、そのために扁桃体の病的過活動はさらに持続し、「パニック発作」が繰り返されてしまうのです。そのため患者さんは、「また発作が起きたらどうしよう」という予期不安が強くなり、行動は極端に制限されてしまいます。
【薬物療法】
薬物療法で用いる主な薬には、抗うつ薬と抗不安薬があります。抗うつ薬は不安にも効果があるので「パニック障害」のような「不安障害」にも使用されます。具体的には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を使います。エスシタロプラム、セルトラリンなどが第一選択薬となります。
また、一般に抗うつ薬は、効果が出てくるまで2~4週間ほどかかります。そのため服薬開始から約1カ月間は、抗不安薬を併用することも勧められています。抗不安薬は抗うつ薬と異なり、服薬後すぐに効果が出るため、特に「パニック発作」が出現しそうな時などに頓服として用いられます。
【認知行動療法】
認知行動療法はパニック障害に対して有効です。パニック障害の場合の認知行動療法は5つの段階に分けて考えてみましょう。
①心理教育。どのようなメカニズムでパニック障害が生じるのか、理解する。
②パニック症状の観察。自分の症状が、どのような場面で、どのような順序で起こり、終わっていくか、細かく観察する。頭が真っ白になるのは極端な恐怖があるからで、そこから脱却出来るようにする。
③不安を抑える技術の習得。自律訓練法やマインドフルネスが役立つ。
④認知再構成。巨大な恐怖と認知されているものを、別の認知の仕方はないか、検討してみる。
⑤暴露(暴露療法)。患者さんにとってはかなりの勇気を必要としますが、薬物療法よりも再発が少ない治療法です。たとえば電車であれば、まず薬を飲んで、誰かと一緒に、地上の各駅停車を一駅、から始めます。急行、地下鉄、一人で、薬なしで、などとだんだん困難な場面を克服していきます。そのために不安階層表を作成します。この部分は治療者と二人三脚で進みます。
【周囲の理解】
「パニック障害」は、血液検査などで異常値を示しません。ご本人だけでなく、周囲の人々、特にご家族の方が「気持ちの持ちようではない」「気持ちがたるんでいるからではない」と十分に理解することが大切です。また、暴露療法などの治療法にはご家族や周囲の方々が付き添うなどの援助が必要となる場合も多いので、配慮が大切です。
【並存症と慢性化】
「副作用がこわいから、薬を飲まない」、「薬に頼らず気力で治すべきだ」という考えが根強くあります。そのため「パニック障害」では、治療が不完全となり、慢性化してしまうことがあります。また、「うつ病」や「アルコール依存症」を併発することもあります。その場合は、もともとのパニック障害と併発したうつ病の両方、またはパニック障害とアルコール症の両方を治療する必要があります。パニック障害、アルコール症、うつ病の3つが併存することもあります。
【日常生活を整える】
疲労や睡眠不足は「パニック発作」を起こしやすくします。十分休養を取ること、カフェイン含有飲料やアルコールなどは控えたほうがよいでしよう。