下書き うつ病勉強会#156 高齢者のうつ病-2

従来から高齢者のうつ病は、遺伝性に代表される生物学的基盤から単純に説明することは困難だとされていた。すなわち生物学的以外の多因子性が特徴であり、心理学的要因や経済、身体疾患、環境要因などの関わりが指摘されてきた。これを反映して症候的にも幅広いものである。それだけに、より若年者のうつ病と比較して診断が困難であることも稀ではない。

うつ病の分類
伝統的にうつ病は、内因性うつ病、神経症性うつ病、さらに器質性のうつ病に分類されてきた。しかし、近年うつ病の診断は、アメリカ精神医学会によるDSM IVを用いてなされることが多い。これによれば、日常臨床において経験することの多いものは、いわゆる躁うつ病(双極性障害)以外では次のタイプかと考えられる。
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DSM IVによる代表的なうつ病
・大うつ病性障害
・気分変調性障害
・適応障害
・身体疾患による気分障害
・死別反応
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これら各種のうつ病のなかで、基本となる大うつ病性障害の診断において骨格となる大うつ病エピソードの基準は次のようである。
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大うつ病エピソードの基準(DSM IV)
以下の症状の5つ以上
1その人自身の言明か他者の観察によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の憂うつ気分。
2ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退。
3食事療法をしていないのに著しい体重減少、あるいは体重増加、またはほとんど毎日の食欲減退または増加。
4ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。
5ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止。
6ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。
7ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある)。
8思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる。
9死についての反復思考、特別な計画はないが反復的な希死念慮、自殺企図、または明確な自殺の計画。
1抑うつ気分、または2興味または喜びの喪失は必須。

気分変調性障害とは少なくとも2年間、抑うつ気分が存在する日のほうが存在しない日よりも多く、さらに大うつ病エピソードの基準を満たさない状態である。

心理社会的ストレス因子に起因するのが適応障害(抑うつ気分を伴うもの、不安と抑うつ気分を伴うもの)である。

さらに高齢者で多いものに、一般身体疾患による気分障害がある。そのような身体疾患として頻度が高いものに、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病、癌などがある。

また死別反応にも留意すべきである。愛する人を亡くした後にはしばしば抑うつ症状がみられる。このような抑うつ症状については、その持続期間と項目数がたとえ条件を満たしても次の場合は大うつ病エピソードとは診断すべきではない。つまり喪失体験から2か月以内に始まり、それから2か月以上持続しない場合である。また著明な機能の欠陥、無価値感への病的とらわれ、希死念慮、精神病症状、精神運動制止を伴わない場合も同様である。このようなケースは死別反応とみなすべきである。

うつ病の一般的な症状
うつ病の気分を当事者は普通、「憂うつで、悲しく、希望のない、気落ちした、落ち込んだ」と表現しがちである。また当事者の表情・態度から抑うつ気分の存在を推測できることもある。また悲しみの感情ではなく、痛みなど身体症状の訴えやイライラした感じが前景に立つことも稀でない。趣味などのさまざまな活動への興味や、そこから得られていた喜びの喪失は、程度はさまざまながら必ず存在する。普通は食欲も減退し、多くの人は無理して食べているという。稀に食欲が亢進して、甘いものなどある種の食物を渇望する例もある。こうした食欲の変化が重篤であれば著しい体重の減少・増加もみられる。

不眠はしばしばみられ、中途覚醒や再入眠困難が典型的である。もっとも、稀ながら過眠を呈する例もある)。
精神運動の変化としては、静かに座っていられないなどの焦燥、または会話や思考が遅滞する制止がみられる。これは周囲の人にもわかるほど重篤である。

気力の低下、疲労感、倦怠感も多く、何もしていないのに持続的な疲労感を訴えたり、能率低下を訴えたりしがちである。無価値感や罪責感も多くの例で観察されるが、過去の些細な失敗や罪を繰り返し思い悩むようなものが典型的である。

さらに思考する、集中する、決断するといった能力が無くなったと訴えるのが常である。うつ病の臨床で最重要なのは自殺である。死についての考え、希死念慮、自殺企図もしばしばみられる。自殺の背景には、「耐え難いほどつらい現在の心理状態には終わりがない」あるいは「それを終わらせたい」といった願望が存在しがちである。

高齢者のうつ病に特徴的な臨床徴候
「いかなる年齢のものであれ、うつ病はうつ病」という格言には真理がある。けれども高齢者うつ病の臨床症候の特徴に関して従来からいくつかの知見がある。代表的なところでは、より若年者のうつ病と比較して、身体症状の訴え、心気傾向、焦燥といった症状が目立つことがあげられる。また妄想を形成しやすいこと、錯乱状態を呈しやすいことなどもある。

こうした知見の浸透により、ややもすると高齢者のうつ病についてステレオタイプなイメージが形成されてしまった観がある。しかしこれらの特徴は入院患者から得られた知見であるだけに、必ずしも代表的とはいえず、かなり重症な例に限った所見だという可能性がある。イギリスのPostによれば、このような「典型的な」高齢者うつ病は3分の1程度とされる。

高齢者うつ病の症候学について、近年の研究動向には2つの流れがある。まず若年者のうつ病との比較であり、次に普通は60歳の発症年齢で切って早発性か晩発性かで比較検討するものである。

前者のタイプでは、Blazerが高齢大うつ病では身体症状が多いと報告している。また死を考えやすいものの、希死念慮にとらわれているわけではないとも述べている。予想外であったのは、記憶障害を訴えやすいのはむしろ若年のうつ病患者であったという事実である。

またいわゆる「仮面うつ病」は高齢者うつ病の特徴と思われがちであるが、これを支持する所見は得られなかった。またMusettiもDSM III Rの基準を用いて症候の比較を行い、年齢による差異はないとしている。これとは反対にやはり焦燥や妄想が高齢者のうつ病でみられやすいこと、またむしろ内因性の病像をとるものが多いという報告もある。この報告の対象とされたのはかなり重度のうつ病患者である。

もっとも内因性病像(メランコリックタイプ)を示すものに限ると年齢による症候の相違はなかったとされる。なおMeyersは妄想が晩発性のうつ病に多いとして、その原因を大脳の加齢現象に求めている。しかし、近年の研究で妄想が高齢期のうつ病に多いとしたものは他にはない。いずれにしても高齢者におけるこのようなうつ病の亜型の頻度は多くない。

次に発症が若年か晩年かの区分による比較である。この観点のほうが前者以上に症候と大脳の加齢現象を結びつけられ、合理的な亜分類を可能にするという意味で優れているかもしれない。

しかし残念ながらこの方法による研究からは、晩発大うつ病では家族歴を有する率が低いという結果以外にはこれという知見は得られていない。しかし、PrinceらがEURO-Dという尺度を使って14か国でうつ病の症候を比較検討している。そして因子分析により2つの要因が高齢者うつ病に特徴的であることを示している。

まずは「感情の苦悩」と命名されたうつ気分、涙もろさ、希死念慮があり、これは女性に特有とされる。もう1つは「意欲」に関するもので、興味の喪失、集中力低下、快感の喪失である。これらの症状の頻度は発症年齢と相関したとされる。

高齢者のうつ病を非定型にする要因
以上のように、高齢期のうつ病には特徴的な臨床症状がみられるとする見解があるが、必ずしも近年受け入れられているわけではない。けれども高齢者のうつ病の病像を非定型なものにするいくつかの要因が存在することも事実である。以下にそのような要因を示した。
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高齢者のうつ病を非定型にする要因
・身体疾患合併・心気症
・うつ症状の訴えの乏しさ
・不安状態(パニック障害、強迫性障害等)
・自傷行為・消極的自殺
・行動変化
・寂しさの訴え
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まず身体疾患の合併もしくは心身症的な現れ方が多いことである。また身体化障害と診断される例もある。これらによってうつ病の症候が強調されることもあれば、逆に診断を困難にする場合もある。さまざまなケースがあることはいうまでもないが、併存の可能性がある場合には、むしろ積極的にうつ病の存在を疑ってかかるほうがよいだろう。

また悲哀感や悲しみといった訴えが乏しいこともある。つまりこの世代は、医師も含めた他人の前でこのような感情を述べるべきではないとしつけられていることが多い。それだけに、診断には一層入念な問診が必要になる。

いわゆる不安状態が高齢者に突然現れることがある。従来は過換気症候群といわれたパニック障害、また強迫性障害は相互移行性も含めて、うつ病との間に深い関連性があると明らかにされている。既往がなかった人に、こうした症状やヒステリー、心気症などが突然現れた場合には、うつ病を疑って診察を進めるべきである。

また自傷行為や自殺も重要である。自傷行為はうつ病が軽度もしくは中等度の状態で起こり、その後に自殺が完遂されやすい。また、周囲の人を操るような過量服薬はあまりみられないとされる。また、もっと特徴的で対応が困難な「消極的自殺」もある。こうした患者は著しい引きこもり、援助の拒否、拒食、顕著な体重減少を伴いがちである。活動性の低下と相まって腓骨神経麻痺を生じることもある。こうした状態の基盤にはさまざまな病態があり、またうつ病の症状自体の重篤度もかなり異なっている。

さらに行動変化という観点も見逃せない。本来が派手な行動を取りがちであった人が何とも演技的な言動を示したり、医療や福祉サービスをとめどなく執拗にねだるようなことがある。別の例では、万引きやアルコール依存がうつ病の随伴症状として現れる。特に飲酒に関しては、普段その習慣がない人で、うつ病相になると発作的に数日から数週間にわたって連続して過度の飲酒をするケースがある。従来は一人暮らしに適応していた人が、入院・入所の希望とともに寂しさを訴える場合にはうつ病がある可能性が高い。このようなケースは、注意すれば相当多いと思われる。

仮性痴呆
Lishmanは「仮性痴呆とは器質性痴呆を思わせる臨床像が認められるが、実際には身体疾患の関与はほとんどない状態」だと定義している。実際の臨床では明らかなうつ症状がある人で、ベッドサイドにおける痴呆のスクリーニング検査が施行できない状態を指して呼ぶことが多い。痴呆は全般的臨床像から診断するものであり、スクリーニングテストができないからという理由によるこのような使用法が誤っていることはいうまでもない。


また、おそらくうつ病性昏迷に近いと思われる錯乱を伴う重度なうつ病を指すことがある。このような症例では、記憶障害を伴いがちである。しかし一般的な痴呆性疾患の場合とは異なり、記憶障害が何時から始まったと家族は明言できる。また本人が記憶障害を執拗に訴えがちであることも痴呆との相違点である。さらに「わかりません、こんなこともわからなくなった」と答える有名なI don’t know answerが仮性痴呆の特徴である。これには焦燥感も伴いがちであり、一生懸命努力した末に誤答する痴呆症とは一線を画す。

うつ病性の仮性痴呆状態にある人では、面談に際して往々にしてその態度や動作から絶望感が伝わってくる。


さらに仮性痴呆が、明らかなうつ病の症状に加えて、客観的に認知機能障害も存在する状態に用いられる場合もある。Reynoldsはそのレビューにおいて、高齢者のうつ病の10~20%にこのような状態が認められると述べている。

一般には記憶障害に代表される認知機能の障害は一定限度内のものである。しかし注意障害は重度なこともあり、時にはこれに起因して全般的な痴呆状態を呈する。もっとも失語や失書などの高次の機能障害がうつ病性仮性痴呆でみられることはまずない。もし存在すれば、器質性痴呆を疑うべきである。

長期ケア施設で診療する医師ならうつ病例に遭遇することは多い。こうしたうつ病も基本的には既述してきたものと大差はない。しかし稀ながらうつ病の現れが行動異常の形をとることがある。たとえば拒食、トイレ以外でしか排泄しないようなあまのじゃく的な行為、あるいは叫び声・攻撃性などがみられる。いずれも怒りと依存が共存する状況で認めやすい。こうしたケースを正しく診断するポイントは、やはり既往歴の聴取である。そこでうつ病が聴取できれば、とても有益な情報になる。