後縦靭帯骨化症と黄色靭帯骨化症
脊椎の腹側(前方)を形成する椎体と椎体の間は靭帯で補強されています。
椎体の前面には前縦靭帯、後面には後縦靭帯があります。
一方、黄色靭帯は脊椎の背側(後方)を形成する椎弓と椎弓の間をつないでいます。
後縦靭帯と黄色靭帯は脊柱管(脊髄の通り道)内にあります。
後縦靭帯や黄色靭帯が骨化呈し肥厚すると脊柱管が狭くなり、脊髄を圧迫するようになります。
画像検査にて靭帯骨化が存在しているものの臨床症状を呈していない場合をそれぞれ「後縦靭帯骨化」「黄色靭帯骨化」と言います。
一方、画像上靭帯骨化を認め、かつ脊髄や神経根に由来する神経症状や靭帯骨化による可動域制限が出現している場合、「後縦靭帯骨化症」「黄色靭帯骨化症」と定義され、厚生労働省により指定難病の1つに指定されてます。
図1 70代男性 頚胸椎単純CT矢状断再構築像
後縦靭帯骨化症と黄色靭帯骨化症は指定難病であるが、決して不治の病という訳ではない
平成27年に施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)では、(1)発病の機構が明らかでなく、(2)治療方法が確立していない、(3)希少な疾患であって、(4)長期の療養を必要とするもの、を難病の条件としています。
また、指定難病はさらに(5)患者数が本邦において一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しないこと、(6)客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立していること、という2つの条件が加わっています。
後縦靭帯骨化症と黄色靭帯骨化症は原因が解明されていないということもあり指定難病に指定されています。
患者さんは「難病」と聞くと過度の不安に陥る方が時々おられます。
後縦靭帯骨化(症)、黄色靭帯骨化(症)の患者さんには、まずは「適切に診察を受けて、必要時にしっかり治療を受ければ必ずしも不治の病という訳ではないし、全員寝たきりになるという訳でない」ことを説明し、安心してもらうことが重要です。
実は無症候の「後縦靭帯骨化」「黄色靭帯骨化」自体は日本人には比較的多くいます。
日本整形外科学会が編集した「脊柱靭帯骨化症診療ガイドライン2019」によると、頚椎X線において日本人の3%に後縦靭帯骨化が、胸椎X線で男性6.2%、女性4.8%に黄色靭帯骨化が認められたとされています。
このうちすでに靭帯骨化による症状を呈している「後縦靭帯骨化症」「黄色靭帯骨化症」の割合はかなり少なくなります。
多くの患者さんは重篤な脊髄症を発症せず経過します。
黄色靭帯骨化を持つ患者さんで脊髄症を発症する患者さんは2.5%というデータがあります。
神経症状を呈した場合にも、手術を必要とするほどの重度の神経症状を呈する患者さんはさらに絞り込まれます。
後縦靭帯骨化症と黄色靭帯骨化症を過度に恐れる必要はない(病態)
骨化があっても、神経を圧迫している程度が軽ければ症状は出ません。
また、脊髄症が発症したとしても数日の経過で急速に進むことは通常ありません。
病態を理解し、後述する治療‐保存療法‐における注意事項に留意して生活すれば、後縦靭帯骨化症と黄色靭帯骨化症を極端に恐れる必要はありません。
靭帯骨化症では骨化した靭帯により頚椎の可動性が低下します。
その結果、後頚部、肩甲部に痛みを生じることとなります。
骨化が大きくなり脊髄や神経根を圧迫するようになると脊髄症や神経根症が出現します。
初期症状として四肢のしびれや感覚鈍麻がみられます。
靭帯骨化症の患者さんは糖尿病を合併していることが多いことが分かっています。
糖尿病性神経症の四肢末梢しびれとの鑑別が必要となることがあります。
また脊髄症が進行すると手指の巧緻性が低下し(手指巧緻運動障害)、シャツのボタンをとめる動作、食事で箸を用いる動作、書字、内服薬をシートから取り出す操作、小銭を取り扱う動作等で障害がでます。
下肢症状ではしびれと感覚鈍麻で立位・歩行時の足底の感覚異常、下肢の異常なつっぱり感、ふらつき感(後索障害)、脱力感(筋力低下)による歩行障害を呈するようになります。
また尿の回数が増える、トイレまで我慢が出来なくなる、尿が出るまでに時間がかかる、尿に勢いがないといった排尿障害、および便秘等の排便障害が出てきます。
ちなみに胸椎後縦靭帯骨化症や黄色靭帯骨化症では上肢症状は出現せず、体幹以下の症状と排尿排便の症状が出現することとなります。
図2 頚椎後縦靭帯骨化症は普通のX線検査で発見可能(診断-専門医紹介のタイミング-)
神経学的診察にて頚椎病変を疑う場合、X線(図3)を撮影します。
頚椎後縦靭帯骨化症は多くの場合、この段階で診断がつきます。
この時点ですでにある程度症状を呈していたら専門医へ紹介でも構いません。
一方胸椎病変はX線では確認が難しいことをしばしば経験します。
CTまで施行すると病変が確実に描出されます。
また、胸腹部領域の他科のCT検査で偶然発見されることも多いです。
図3 80代女性 頚椎後縦靭帯骨化(X線側面像)
X線で靭帯骨化を確認した後の追加検査としては、他の高位に骨化が無いかどうか確認する目的で全脊柱のCT(図4)を撮像しています。
図4 70代女性 脊髄造影後 全脊柱CT矢状断再構築像
また、脊髄の圧迫の程度を確認する目的でMRIを施行します。
尚、靭帯骨化は経年的に大きくなる(長くなる、厚みが増す)ことが知られています。
無症候であっても定期的なX線またはCTでの画像フォローが推奨されます。
ただ、画像上、骨化が大きいこと、脊髄の圧迫が強いことが神経症状の重症度と相関している訳ではありません。
神経症状の重症度には罹病期間や、脊椎の可動性など他の因子も関与しているため、症状が進行してきた場合は早めの専門医紹介が望ましいでしょう。
すぐ手術ではありません(治療-保存療法-)
偶然発見された場合や、頚部痛・肩こり精査段階での発見時は日常生活動作障害も軽微と思います。
その場合、安静・薬物療法・装具療法・牽引療法・理学療法・運動療法といった保存療法が選択されます。
患者さんへの日常生活指導としては頚部を過度に後屈させないこと、スポーツ活動や飲酒の際に転倒や転落に注意することです。
例えば缶飲料を飲む姿勢や、上を向いて行う業務、美容室での洗髪の姿勢、歯科治療の姿勢などは注意が必要です。
運動では相撲・ラグビー・柔道などのコンタクトスポーツ、モトクロスバイク・体操・スノーボードのジャンプなど不意な転倒・転落の危険のあるスポーツを行う際には十分な注意を促す必要があります。
頚椎後縦靭帯骨化症の約20%の患者さんが転倒などの外傷をきっかけに症状の出現や悪化を認めています。
また逆に外傷で脊髄を損傷した脊髄損傷患者さんでは靭帯骨化を有する方の頻度が高いことが知られています。
外傷により脊髄損傷を受傷した場合、損傷程度によっては重度の後遺症を残す可能性が高く注意が必要です。
頚部痛や肩こりのみの場合は装具療法、各種物理療法、薬物療法を組み合わせて行い治療しています。
しびれや痛みに対しては対症的に薬物療法を行います。
最近では神経障害性疼痛に適応を持つ薬剤もいくつか上市されています。
靭帯骨化の進行抑制効果を有する薬剤はまだありません。
一部のビスフォスフォネート製剤が経験的に使用されることもありますが、有効性は明らかになっておらず、保険適応外となります。
機能回復を目指し患者さんはリハビリテーションや民間療法の施術を希望されることもあるかもしれませんが、骨化自体はリハビリや施術では縮小しないので、リハビリや施術の保存療法における治療効果は限定的と思われます。
リハビリテーションについては術後に施行することが多いです。
保存療法を継続する場合も、転倒・転落に対する啓蒙と、年1回程度の画像検査はお願いしています。
保存療法の効果や持続性は患者さんによって異なるため、徒に保存療法を継続するのではなく、症状が遷延する場合や、脊髄症の進行を認める場合には適切な時期に手術療法を選択することが大切です。
日常生活でいよいよ困る前に(治療-手術療法-)
手術適応のタイミングに関してはすべての患者さんに当てはまるような一定基準はありません。
手術リスクを受容できる方には比較的軽い症状の段階で手術を行うこともありますが、一般的にはある程度脊髄症がはっきりと出現し、患者さん自身が病態を理解し、保存療法の限界を感じた際に手術を行うこととなります。
全く症状が無く、画像検査で靭帯骨化があるだけの場合の予防的な手術を勧める根拠はありません。
しかし、脊髄損傷患者さんに靭帯骨化症の方が多い事実から、症状が軽い段階でも手術を勧めるという意見があります。
過去の報告では靭帯骨化の占拠率が60%を超える場合、いずれは神経症状が発症するリスクが高いとされています。
手術適応は患者さんの神経症状に加え、靭帯骨化の大きさ、骨化形態、可動性などと手術リスク、患者さんの希望も踏まえ、総合的な判断とります。
後縦靭帯骨化は脊柱管内で脊髄の腹側(前方)に位置します。
靭帯骨化を摘出するためには前方除圧固定術が必要です(図5)。
図5 60代男性 頚椎前方除圧固定術の例
一方靭帯骨化は切除せず、脊髄背側(後方)より脊髄の圧迫を逃がす(図6)という術式もあります。
図6 70代男性 頚椎後方除圧の例
後方法でも必要に応じ固定術を追加したり(図7)、逆に筋肉を温存する手術で軟部組織への侵襲を減らす低侵襲手術が提唱されています。
図7 40代男性 頚椎後方除圧固定術の例
胸椎後縦靭帯骨化症では後方からの固定術(図8)が現在の最も標準的な治療です。
図8 50代男性 胸椎後方除圧固定術の例
胸椎黄色靭帯骨化症では後方除圧単独または後方除圧固定術が選択されます。
術式については骨化の大きさ、形態、頚椎アライメント(前弯・後弯)、患者の年齢、全身状態などで総合的に判断します。
私たちも患者さんごとに最適な術式を選択し手術を行っています。